遠い記憶(1)
「ここが――ですか?」
そこは聖堂を思わせる神聖な雰囲気の空間だった。
シンメトリー風の左右の壁には細長いランセット窓が並び、一面に絵巻物風にキリストや聖母マリアが描かれ、奥には十字架が掲げられている。
イタリアのパドヴァに建てられているスクロヴェーニ礼拝堂――その屋内を再現した部屋だ。
ここが、先輩が一番見たかったもの。
昼食後、いくつかの作品を経て最後にやってきた場所。
確かに美しい場所だけれど、最後にとっておいた理由はどこにあるのだろうか。
「座ろう」
実在の礼拝堂のように、長椅子が設置されている。腰を下ろすと、すぐ隣に先輩も腰かけた。ちょうど入れ替わりに学芸員とツアー客が出て行ったばかりで、僕たち以外には誰もいない。2人きりだ。
座ったまましばし沈黙が流れる。何か話そうと僕が口を開きかけたとき、先輩がすっと上を指した。
「ほら、天井見て」
言われるがままに見上げると、アーチ形の天井は深い紺青で彩られている。そしてその中に無数の金色の星が散りばめられていた。
満天――星がきらめく夜空がそこにあった。
「ラピスラズリっていう鉱物から作った青らしいよ。当時は黄金と同じくらい貴重だったんだって。星空はこんなところにもあるんだよ」
「星空――」
そうか。いつも僕から星空を先輩に案内していたが、今度は先輩が僕を星空の下へ連れて来てくれたのだ。
「ラピスラズリは天を象徴する聖なる石、人類で最初のパワーストーンなんだってね。世界中の神話に登場するし、日本でも仏教の七宝のひとつが『瑠璃』。毎晩眺める夜空と同じくらい、人間の本能に訴えかける魅力があるのかもね」
星は空の深淵に輝くものばかりではない。地上に現れる星も、人の手によって織り成され伝えられる星もあるのだ。
「いつものお返し――ってほどでもないけどね」
先輩が微笑みながら語る。
「ありがとうございます。見れて良かった。本物の夜空みたいで……心が落ち着きます」
誇張ではない。人工の星といっても、プラネタリウムとはまた違う。僕は空ばかり見上げていたけれど、時に見上げる対象を変えてみることも必要なのかもしれない。
「うん。ちなみに、ここは結婚式の会場としてもよく使われるんだって」
結婚式――その言葉に鼓動が少し速くなる。確かにここは永遠の愛を誓う結婚披露宴にもぴったりの場所だ。
「ね、透也くん」
「は、はい」
改めて呼びかけられて緊張する。先輩の方を向いたが、彼女は天井に目を向けていた。
ただ真っ直ぐ、口元を結んで、瑠璃色の天井を見つめている。
「透也くんは、占いとかは信じないって言ってたよね」
「はい……」
先程のモネの庭での話の続きなのだろうか。確かに占いの類は興味がないと話した。
だが、なぜその話をここで。
先輩は僕の方をすっと向いた。
「それじゃ、運命は信じる?」




