LICHT MEER(2)
海辺の国道を走るバスに揺られながら、窓の外の景色に目をやった。
晴れた空の下、波が浜辺に打ち寄せている。この一帯は内海なので、波は至極穏やかだ。現地集合ということで、一人で路線バスに乗ること40分あまり。本州方面と四国を結ぶ橋が見えてきた。
目的の美術館は、この橋が架かる国立公園の山中に大部分が建設されているらしい。景観を損なわぬための配慮だという。
やがてバスは美術館の正面玄関前に横付けした。山裾にある正面玄関前には万国旗がはためいていて、どことなく厳かな雰囲気だ。
バスから降りると、すぐ目の前に入り口とチケット売り場があった。先輩とは違う路線で、こちらの到着時刻の方が早い。向こうの到着まであと10数分ある。特にベンチなどは無いので、ぼさっと立ったまま先輩の到着を待った。
待っている間にも、次々と観光バスが到着する。最近来場者が増えているというのは本当なんだなと思った。バスから降りてくる人たちは、シニア集団もいれば、中には制服を着た高校生と思しき集団もいる。バスのナンバープレートが県外なので、はるばる校外学習としてやって来たようだ。しかも女子ばかりというところを見ると女子校だろうか。きゃいきゃいと歓声を上げる彼女らを担任の先生らしき男性が整列させようと声を張り上げている。
現在は県内に共学校しか無いので、女子校の生徒というのを見たのは初めてかもしれない。紺のブレザーに深緑のチェックスカート。女子校の制服っていっても、共学とそこまで変わりないな――そんなことを考えていると、肩をトントンと叩かれた。振り向きざまに指が頬に軽く刺さる。
「何見てるのかなー?」
――藤崎先輩だった。にこやかに笑っている。怖いくらいに。
「先輩っ……お、おはようございます」
声がうわずる。いつの間にか到着していたらしい。全く気がつかなかった。
ブラウンのチェスターコートに、黒タイツと編み上げブーツ。全体的に落ち着いた冬コーデが彼女本人の魅力をかえって引き立てている。
「おはよー。透也くんも見惚れるくらいかー。確かにかわいい子多いよね」
「いや、その、あの」
先輩の方が誰よりもかわいいですくらい言った方がいいのだろうが、とてもそんな歯の浮くような台詞は言えない。
「んースカート短い子多いねぇ。カーブベルトじゃないのか、それとも頑張って折りたたんでるのか……」
なぜか腕組みして真剣な表情でふむふむと頷く先輩に、僕は恐る恐る話しかけた。
「あのー先輩、早くチケット買って入りましょう。その――混雑してきそうですし」
「はいはい」
面白そうに笑うと、先輩は頷いてチケット売り場に歩き出した。いけない。よりによって余所の女子に気を取られてしまうだなんて。今日は初デートだというのに、初っ端からやらかしてしまったかもしれない。僕は冷や汗をかきながら先輩に続いた。
チケットを買って入館すると、急勾配の長いエスカレーターがあった。先述のとおり、ここは山を刳り貫いて建設された美術館なので、まず地下から順々に山頂へ上がっていく形となる。
エスカレーターに2人揃って乗る。密着というほどではないが、これまで一緒に並んで下校した時はいつも僕の自転車越しだったので、この程度の距離でも緊張してしまう。
「ここは始めてって言ってたよね」
僕より少々背の低い先輩が、僅かに上目遣いで話す。
「はい。噂では聞いてたんですけど……」
「私も来るのは始めてだから。緊張しなくていいよ」
思わず全く違うことを想像した自分を脳内で張り倒して、「はい」と生返事をした。
50メートルはあろうかという長いエスカレーターを登ると、地下3階のエントランスホールに着いた。
案内所にカフェ、お土産屋などがあり、休日ということもあって大勢の人で賑わっている。学芸員の館内案内についていく学生の行列が目の前を通ったかと思えば、旅行会社の添乗員が旗を振ってシニア集団を先導している。
「さーて、それじゃまずシスティーナホールね」
周囲を見回していた僕は先輩の言葉で引き戻された。
「ここは広いからねー。全長4キロあるらしいから。計画的に回ろう」
「そ、そんなにあるんですか」
確かに国内最大級とは聞いていたがそれ程とは。半日やそこらで回りきれるのだろうか。
「まぁ全部が全部見ていくことはないから。有名作品から行こう」
張り切った様子で、先輩は前方を指さした。