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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第二章
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WHITE REFLECTION(5)

 外に出ると、既に日は沈んで暗がりが街を包み始めていた。日中ちらついていた雪は完全に止んでいる。空を覆っていた雲は大半が風に吹き流され、星空が覗いていた。

 空は冷たく澄み切っている。まだ薄明が残っているが、星の瞬きは普段よりも激しく存在感を示している。


 冬は空気が澄んで星がきらめいて見えるが、天体観測をする立場としてはあまり好ましくない。星が忙しなく明滅するのは、上空で強風が吹き荒れているに他ならないからだ。風が強いと大気が安定せず像がぶれて、特に高倍率では視界が著しく悪化してしまう。

 だが今は――そんな天文部員特有のシーイングへの憂慮も忘れて、ただ先輩と2人で揃って虚空に目を凝らした。


「アルビレオって、今見えるの?」

 きっと聞かれると思っていた。今しがた名付けたばかりの子猫の由来の星。そのアルはというと、今ちょうど先輩の胸元に抱かれている。

 今日は僕の家へと連れて帰り、里親が決まればそのまま譲り渡すことになる。こうして直接触れ合うのも案外これで最後かもしれないのだ。先輩からすれば名残惜しいに違いない。


「残念ながら、アルビレオは夏の星なんです」

 アルビレオが輝くはくちょう座は夏の代表的な星座だ。はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイル、それら1等星が結ぶのが有名な夏の大三角である。


「そっかー。『あれが君の星だよ』って、ちょっとやりたかったかも」

 先輩が悪戯っぽく微笑んで、アルの頭を撫でた。事情を知らない当事者は、ただ心地よさそうにしている。

 ちょっと気持ちは分かる。名付け親としてはやってみたい――『巨人の星』宜しく。そういえば星一徹が指した星は結局何だったんだろう。特定の恒星ではないのかもしれないけれど。


「今の時間帯だと、見れるのは早くて6月くらいですね。といってもその頃は梅雨の真っただ中ですから、見ごろは8月かもしれません」

「半年後かぁ……」

 さして未来でもないにも関わらず、遠い目をする先輩を僕は見つめた。


「見れると、いいな」

 ぽつりと先輩が呟く。まるで適うかどうか分からないような口ぶりに、僕は思わず反応した。

「見るのは難しくないですよ。3等星ですから1等星に比べると暗いですけど、双眼鏡があればすぐ見つけられますし――」

「あ、うん――そうだね。」


 珍しく遮るように話す先輩に、僕は思わず言葉を吞んだ。

「うん、きっと見れるよね」

 それは僕に対してというよりも、先輩自身に言い聞かせるようだった。


 半年後――僕はどうしてるだろうか。このままいけば廃部になる部活から退いて、相変わらず1人で図書室にでも通っているのだろうか。

 先輩は3年生になって受験勉強に勤しみ、そして――またこうして2人で星空を見上げることはあるんだろうか。

 またあって欲しい。天文部が解散して帰宅支部だけ活動するのが可笑しかろうとも、この穏やかな時間は――


「はい。それじゃ、くれぐれもよろしくね」

 先輩からすっとアルを渡されて、僕は我に返った。

「あ――はい」

 小さい白い命を、僕はしっかりと受け止めた。



 帰宅して、両親に事情を説明する。突如猫を飼うと言われて目を丸くしていたが、『里親が見つかるまで』という条件付きでアルを受け入れてくれた。ただし、諸々の飼育費用は小遣いで賄うことを厳命されたけれど。

 ネットであれこれ子猫の飼育方法を調べて、箱に毛布を用意し寝床をつくった。アルは最初こそ落ち着かずに部屋をうろついていたが、やがて寝床の中ですやすやと眠り始めた。


 ひと段落ついたところで、寝顔を写真に撮ってスマホアプリで先輩に送信して報告する。

『良かったー!里親の件、早速友達にお願いしとくね』

 夜も遅かったが、先輩からはすぐに喜びの返信があった。思わず笑みがこぼれる。スマホを握ったままベッドに寝ころんだ。


 不思議なことになったな、と思う。

 校内随一の有名美人と星空観察をすることになったと思いきや、その矢先に捨て猫を保護したり。以前の平々凡々とした日常からは信じられないくらい変化した。

 期待と不安。高校生の新生活当初にもあったけれど、それとはまた一段と異なる何かが心の奥底から湧き上がってくる。


 けれども、これまでの高校生活の中で――いや人生で今が一番充実している。それは間違いなく確信できる事実だった。


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