WHITE REFLECTION(4)
診療が終わった後、待合室で先輩と椅子に座って清算を待っていた。
診療代は折半しようとしたが、先輩が『私が第一発見者だから』と譲らなかったので、お言葉に甘えさせて頂いた。正直なところ、安い金額ではなかったので助かったのも事実だけれど。
「これから、どうするかですね」
「うん……」
ひとまず命の危機は去ったが、問題はこれからだ。この子が幸せになる方法を考えなければならない。
「クラスの子達やソフトテニス部のツテを辿って、里親を募集してみるよ」
「僕も――知人に相談してみます」
交友関係は決して広くないが、それでも出来ることはやらなければならない。
「それまでは、僕の家で引き取りますよ」
自宅でペットを飼わなくなって久しいが、院長先生の言う通り、手を差し伸べた者としての義務だ。
「ダメだよ。一応私が最初に見つけたんだし」
慌てたように先輩が言う。
「でも、先輩のお家じゃご両親が許さないでしょ」
両親はペットを飼わない方針だと聞いたばかりだ。
「だけど――説得してなんとか」
「それに今からこの箱ごと連れて、列車に乗って帰るのは無理ですよ。キャリーバッグ買うためにホームセンター寄ってたら遅くなりますし」
「う……」
先輩が言い淀む。
子猫とはいえ、今先輩が携帯している鞄に押し込むのは窮屈――というより危険だ。
猫用の餌くらいならコンビニで入手できるが、ここからペットグッズを販売しているホームセンターとなると数キロ離れている。そうでなくても、診療代を払ったら先輩には持ち合わせが無い可能性が高い。
「安心してください。ちゃんと家まで安全に帰りますから」
「その点は心配してないけど――なんか押し付けたみたいだな」
「先輩には里親を探してもらうお仕事がありますから。それに――」
「それに?」
「いえ、何でもないです」
捨てられたこの子には申し訳ないけれど、先輩から真っ先に頼ってもらえたこと、そして2人の共有の存在ができたことは、ささやかな喜びだった。
「あ、そういえば――」
思い出したように先輩が呟く。
「名前、つけた方がいいのかな」
「そうですね……」
正式に飼うと決まったわけではないが、名無しのまま里親を待ち続けるのもちょっと気が引ける。
「いい名前思いつく?私こういうセンスあんまりないの」
「うーん……」
そう言われても、僕も友人やペットのニックネームを考案した経験がほとんどない。僕は改めて、今日保護した子猫を眺める。純白の身体に、青色と金色のオッドアイ――
「星に見立てたら何かないかな」
そう先輩に言われて、ふと思いついた。
「――アルビレオ」
「え?」
「はくちょう座にある星です。青色と金色の美しい連星なんですよ」
連星とは、互いの重力で引き合って回り合う2つ以上の恒星のことだ。宇宙では比較的ありふれた存在だが、アルビレオは低倍率の望遠鏡でも容易に観測でき、しかも色の違いがはっきり分かるので連星の中でも特に有名だ。
まぁ実際にはアルビレオは地球からそう見えるだけの『見かけの連星』とする説が有力らしいのだが、それはこの際置いておこう。
「あ、なんか聞いたことあるかも。確か宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にも登場してた気がする」
「あれ、そうなんですか」
以前読んだ筈なのだが、詳しい内容までは覚えていなかった。
「うん。2つの星がサファイアとトパーズに例えられてた。そっか――この子にぴったりだね」
白い躯に収められているのは、2つの宝石。そう思うと、愛おしさが増してきた。
「でもアルビレオだと言いにくいですから、アルにしましょうか」
「いいね!オスだからアルくんだ」
先輩が目を輝かせて同調する。
みぃ――
僕たちの会話が理解できたわけではないだろうが、心なしか嬉しそうにアルは鳴いた。
「天文部帰宅支部、新メンバーだね」
夜空の宝石の名を冠した白い子猫を抱き上げて、先輩は微笑んだ。




