WHITE REFLECTION(3)
捨てられていた段ボール箱ごと自転車の荷台に乗せ、布で包んだホットココアを入れて動物病院に歩いて向かう。まさか自転車用荷台がこんなところで役に立つとは思わなかった。
訪れた動物病院の院長先生は初老の男性獣医師で、僕たち高校生2人にも懇切丁寧に応対してくれた。未成年なので診療に応じてくれるかどうか不安だったが、不妊手術など大がかりな治療でなければ問題ないようだ。
簡易検査の結果、ノミダニは特におらず、さほど衰弱はしていなかった。念のため、血液検査も行っておくことにした。
注射で血を抜かれている間も特に暴れることはなく、診療台の上でおとなしくしていた。ちなみに、オスとのことだ。
「いい子ですね。白猫は繊細で神経質な子が多いんですが、人に慣れてる。やはりどこかの家で飼われていたんでしょうね」
穏やかに院長先生は語った。ようやく自力で食事や排せつが出来るようになったばかりの追放。どんな事情があったのかは分からないが、悲しいというしかない。
「そういえばこの子、虹彩異色症ですね」
そう先生に言われてよく見ると、1匹は左右で目の色が違う。右目が青色で、左目が黄金色――確かに虹彩異色症だ。
「初めて見ました」
先輩もしげしげと眺める。
片目の色が違うキャラクターは漫画やアニメでは手垢がつきすぎたくらいにお馴染みだが、猫とはいえ実際の生き物で見るのは初めてだ。どこか神秘的で、不思議な心地に包まれた。
「白猫はオッドアイが多いんですよ」
「そうなんですか?」
「猫の毛の色はメラノサイトという色素細胞の量によって決まるんですが、白猫の場合は色素細胞の働きがW遺伝子――白色遺伝子により抑制されて、全身白くなるんです。この遺伝子が瞳の色にも影響するんですよ」
「先祖代々ってことですか」
先輩が撫でながら尋ねる。
「ええ。W遺伝子は最強の遺伝子と呼ばれるくらいでね。あらゆる毛色の遺伝子よりも優性に働くんですよ。他に黒、茶色、シルバー、どんな毛色の遺伝子をもっていても、これ1つ持っているだけで他のすべてを抑えて全身真っ白にしてしまう」
「それはまた――ずいぶんと強力な」
生物学には疎いが、優性劣性というのは聞いたことがある。子に受け継がれやすい形質が優性だ。
ふと先輩が撫でる手を止めて――子猫の瞳をじっと見つめた。子猫は不思議そうに、彼女を見返している。
「野生の白猫は生態数が少ないんです。よく目立つので襲われやすくて、生き延びるのが難しいからとも。白猫に繊細で賢い性格が多いのは、外敵を寄せ付けないようにするためなのかもしれないですね」
言われてみれば、近所の野良猫は黒や茶トラばかりで白猫を見たことはあまりない。あのまま誰にも拾われなかったら、冬ではなくともカラスや蛇などに襲われて命を落としていたかもしれない。
「難儀なことですね」
野生で生きていくというのは人間が想像している以上に厳しいのは間違いない。僕たちがあずかり知らぬところで、無数の野良猫が死んでいく。悲しめど悲しまずとも、その事実は変わらない。それでも、生まれついて過酷な運命を背負わされている小さな命に想いをはせずにはいられなかった。
「ところで――お2人はカップルですか?」
唐突に院長先生が笑顔で爆弾質問を投げたので僕は咳き込みそうになった。
「い、いや、そういうわけでは」
「同じ部活に所属してるんです」
先輩は動揺する様子も見せずにさらりと言う。間違ってはいないが、そうあっさり言われてしまうと一抹の寂しさを感じる。
院長先生は笑顔を少し引き締めると、僕たちに向き合った。
「たとえ高校生であっても、命を預かったという自覚を持って下さいね。手を差し伸べた以上、必ず責任を持って面倒を見てあげて下さい。この上また見捨てられたら、この子にとって本当に救いがありません」
「はい――」
僕と先輩と、揃って深く頷いた。




