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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第二章
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WHITE REFLECTION(2)

 この寒さにもかかわらず、先輩はコンビニの店外で待っていた。コートに加えてマフラーと手袋をしているが、それでも外で人を待つには辛い天候だ。


「ありがとう――本当に大丈夫?忙しくない?」

 開口一番、先輩は心配そうに言った。薄紅色の唇から、白い息が零れる。ちらつく雪と先輩の容姿が合わさって、幻想的ですらあった。


「大丈夫です。どうしました?」

 先輩の顔がさえない。笑顔を作ってはいるが、明らかに表情が普段より硬い。それでいて、いても立ってもいられないという雰囲気がある。

「ちょっとこっちなんだけど……」

 案内されるままついていく。通りを外れて、路地の方へ向かう。


「声がわずかに聞こえたから、ちょっと寄り道したらね……」

 こちらは畑や古民家が点在している。通学路から外れているので、高校生も通りがかることはあまり無いだろう。

 路地に入ってまもなく、空き家と思しき寂れた一軒家があった。冬だが周囲は草木が無造作に生い茂り、玄関もどこなのか分からないほどになっている。

 そんな廃屋じみた家と道端の境に段ボール箱が置いてある。100サイズ程の大きさだ。上にハンカチらしき布がかけられている。

「これは――?」


 ――みぃ。

 先輩が答える前に、箱の中から声がした。先輩がハンカチ――彼女の私物のようだ――を取ると、白くてちっこい生き物がこちらを見上げた。

 体調20センチもあるかどうか、生後1、2ヶ月と思しき子猫だ。

「どうしよう――」

 先輩が憂いに満ちた表情で僕を見た。


「先輩が見つけたのは、どれくらい前ですか」

「えっと――もう30分くらいにはなると思うけど」

「ということは――親猫も周囲にいなさそうですね」

 捨て猫のように見えても、親猫が探している場合がある。たまたま空き箱にこの子がはぐれて入り込んだ可能性も無いではない。その場合、下手に保護しようとすると親猫が寄り付かなくなってしまう危険性がある。


 けれど、段ボール箱は割と新しいし、置き方も不自然だ。捨て猫と見るのが自然だろう。

 僕はやり切れずため息をついた。雪が降るこの寒空の下に、こんな小さな命を放り出すとはどういう神経をしているのだろう。

 この世で一番残酷なことは、弱い者いじめだと僕は思う。大は国際紛争から小は子供の虐待に至るまで、強い立場の者が意のままに力をふるって弱いものを傷つけて、それを全く省みないことの何と多いことだろうか。


 僕は目の前の生き物を抱き上げた。特に抵抗もなく抱かれ、こちらを見つめてきた。

「――かわいいなぁ」

 先輩が微笑む。雪と同じ純白の、無垢でひどくか弱い命。

「いつ捨てられたのかは分からないですけど、この寒さじゃ長くは持たないですね」

 段ボール箱の中には申し訳程度にぼろ切れがいくつか入っているが、雪が舞う屋外だ。下手すると今夜一晩も越せず凍死するかもしれない。

 猫は寒さに弱い。冬を越せない野良猫も多いと聞く。


「透也くんは猫とか飼ってる?」

「犬は小学生のころまで家で飼ってたんですけど、死んじゃって――それ以来ペットは飼ってないです」

 物心つく前から一緒にいた愛犬だった。病気で生涯を終えたときには、酷いショックでしばらく寝込んでしまったほどだ。


「やっぱりトラウマになってる?」

「というより――安易に命を扱っちゃいけないって気はします」 

「そうだよね。私の家は親がペット飼わない方針なんだけど……そういう理由もあるのかな」

 お互い、すぐに家で引き取れる状況ではない。かといって、保健所に保護してもらっても里親が現れなければ処分を待つだけだろう。


 ――みぃ。みぃ。

 急かすわけではないのだろう。けれども鳴き声はどうしようもなく切実で、悲痛な響きがあった。

 腕から降ろして、ぼろ切れで包む。この寒さでは一刻を争う。

「ひとまず、動物病院に連れて行きましょうか。病気にかかってるかもしれませんし、アドバイスもくれると思いますから」 

「あ、うん。この辺にあったかな」


 スマホの地図アプリで検索をかけると、比較的近いところに動物病院があった。帰り道とは逆方向だが、診療時間内には十分間に合う距離だ。

「一応先に電話で予約して、事情を伝えときましょう。診てもらえるとは思いますけど、準備も必要でしょうから」

「そうだね。私電話するよ」

 先輩が頷く。

「あと、コンビニでホット飲料買いましょう。ハンカチで包めば湯たんぽ代わりになると思います。何より保温が大事です」 


「――やっぱり透也くんに連絡してよかった」

 先輩が今日初めてしっかり微笑むのを見た。

「え?」

「色々知ってるから頼りになるって思ったのもあるけど、躊躇いなく救う意思を見せてくれると信じてたよ」 

「そんな……当然のことというか」

 先輩の手前――というのも否定はしないけれど、目の前で尽きかけている命を放っておくことはできない。


「ありがとう――本当に」

 先輩の瞳が心なしか潤んだように見えた。


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