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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第二章
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WHITE REFLECTION(1)

 チャイムが鳴り、5時間目の化学の授業が終わった。授業に集中というよりも午後の睡魔で沈黙していた教室が喧噪で満ちる。今日の授業もあと1時間を残すところだ。

 机に座ったままふと窓の外へ目をやると、空は鉛色の雲で覆われていた。太陽の射さない彩度の低い景色は、どこか世界全体が色褪せたような不思議な感覚になる。


 あれから先輩と毎日放課後に2人で下校――とはならなかった。

 僕には本来の天文部の活動が週に2日ある。いくら1人とはいえ、本業と言うべきこちらを蔑ろにするのは流石に鞆浦先生に申し訳ないし、けじめにならないと思った。

 そのことはあらかじめ先輩にも伝えておいた。


 ではその部活がない日はというと、天気に泣かされた。

 そう――天文部にとって最大の敵は曇りや雨である。どれほど準備万端で臨んでも、雲に阻まれれば観測は一切できない。こればかりは天に祈るしかないのだ。

 ハワイのマウナケア山頂に日本の『すばる』をはじめ、世界各国の天文台が集中しているのは空気が澄んでいるというのも勿論なのだが、年間300日以上晴れていると言われるほど天候が安定しているからだったりする。

 昨年夏、天文部の活動の一環で隣町の小学生向け星空観望会の手伝いに行った時も、曇りからのにわか雨という有様で、楽しみにしていた小学生たちが揃って意気消沈していたのは精神的に堪えた。


 先輩とアドレスを交換したあの日から10日あまり、午後は雲に阻まれ星は全く見えない日が続いていた。

 チャット欄は特に先輩からのメッセージは入っていない。

 かといってこちらから『一緒に帰りましょう』とのメッセージを送ることも出来ず、ただ画面を眺めていた。

 曇り空の下、ただ星の蘊蓄を喋りながら帰ってもいいのだが、『星を見たい』という先輩の意志を汲んで天文部に誘った以上、それは気が引けた。


 空を見上げること――彼女はその言葉に共感してくれた。それを大事にしたい。

 また図書室でばったり出会ったら、軽く雑談でも出来るかなと期待して時折居座ってみたりしたけれど、特に出会うことはなかった。

 焦ることは無い――冬場は晴れやすいのだから、いずれまた機会が巡ってくる――そう自分に言い聞かせながら再び窓の外へ目を向けると、白く舞い散る風花が目に入った。


「お、雪じゃん」

 背後でクラスメイトの男子が声を上げた。その声につられて何人かが窓際にやってきて外を眺める。

 そういえば、天気予報で午後から雨又は雪の予報になっていた。初雪はもう降っていたとは思うが、本格的に降るのを眺めるのはこの冬初めてだった。

 雪は瞬く間に強さを増して、吹雪の様相を呈してきた。


「積もるかなー?」

 女子達が無邪気にはしゃいでいるが、たぶん積雪まではいかないだろう。近年は温暖化のせいか、僕のこれまでの人生の中で雪合戦出来るほど積もった記憶はほとんどない。

 祖母曰く、昔はこの地域でも冬場は積雪どころか氷柱も珍しくなかったらしいけれど。

 この雪も路面を濡らして終わりかな――そう思いながら次の数学の教科書を取り出した。

 


 放課後、一度降りやんだ雪は再びちらつき始めていた。

 積もってはいないので自転車で帰宅の途についてもスリップの心配は無いが、凍てつく寒さは容赦なく肌に食い込んでくる。自転車で走ったらさぞ顔が冷たいだろう。

 駐輪場で手袋を取り出し、しっかり手にはめようとしたとき――ダウンジャケットのポケットに入れているスマホが震動した。


 画面を見て一瞬目を疑った。藤崎先輩からのメッセージだ。

 曇りどころかこんな雪の日に、一体どうしたというのだろう。

 とりあえず外は寒すぎるので、いったん校舎内に戻って改めてメッセージを確認する。


『寒い日にごめんね。ちょっとお願いがあって。もし時間あったら例のコンビニまで来てもらえるかな?』

 用件は分からないが、何か困りごとらしい。時間はあるし、特に断る理由は見当たらない。

『今から行きます』――そう返信して、僕は再び校舎を出た。


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