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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第一章
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静かな夜に(7)

 駅に到着した。図書室からずっと話しているのに、時間が一瞬で過ぎたようだった。


 時間というのは不思議だ。状況や立場によっていくらでも伸び縮みする。熱いストーブの上に手を置く1分は1時間に感じられるが、可愛い女の子と座って過ごす1時間は1分に感じられる――アインシュタインの相対性に関する名言は真実だな、と思った。


 別れを告げようとして――名残惜しさに言葉が出ない。僕は意を決した。

「藤崎先輩。天文部に入りませんか」

「え?」

 別れの挨拶に代わって出た僕の言葉に、先輩は面食らったような表情をした。

 言わないつもりだった。けれど、胸の内に秘めておくより伝えておくべきだと思った。自分の今の素直な気持ちだったからだ。


「幽霊部員ばっかりで、活動もろくにしてなくて、おまけにもうすぐ廃部ですけど」

 緊張で、どうにも情けなくなりがちな声を振り絞る。

「そうだよね。部員でもないのにあれこれ付き合わせちゃったよね」

「いや、そんなつもりじゃないんです」

 慌てて弁解する。迷惑だなんて思ったことはない。

「ただ――少しでも星のことに興味があるなら、と思って。残り数か月でも、夜に望遠鏡使えば銀河とか星雲とか、いっぱい見えますし、もっと楽しんで貰えると思うんです」


 予算潤沢な私立高校のように屋上に天文ドームがあるわけでもなければ、冷却CCDカメラのような高性能の備品が充実しているわけでもない。けれど、部の望遠鏡はそれなりの性能だ。土星の輪まではっきり見えるし、月のクレーターの細部の構造も分かる。どれほど高画質の写真や動画が出回ったとしても、レンズを通して生で見る星の感動には敵わない――そう信じている。

 先輩とその感動を共有したいと思う。 


 彼女はしばし沈黙していたが、申し訳なさそうに微笑んだ。

「ごめんね。せっかく誘ってもらったけど……」

 想定していた答えだ。それでも内心落胆するのは避けられなかった。

 当然のことなのだ。先輩を恨んではならない。この状況で入部を決めるほうが不思議なのだから。


「わかりました……すみません。今の言葉は忘れてください」

「あ、ううん。天文部がどうこうじゃなくて――もう部活は入らないことにしてるんだ」

「――もうすぐ受験勉強が始まるから、ですか」

 そろそろ2年生は放課後も本格的な受験の準備に入る時期だ。先輩がどの大学を目指すのかは分からないが、噂のとおり学力優秀ということであれば難関大が目標だろう。連日予備校通いでもおかしくない。


「違うの」

 先輩は小さく首を振って、少し目を逸らした。

「私ね……最近夜が怖いから。あんまり遅くまで学校や外にいられないんだ」

「怖いって――何か、あったんですか」 

 言った直後にまた余計なことを聞いたと後悔した。そういえば、水星を見に行った当日も、夜になるのを気にしていた。学校からの帰り道でストーカーや何かしらのトラブルに遭ったのだとしたら、それこそ部活を辞めた理由なのかもしれない。

 最近大きな事件を市内で聞いたことはないが、それでも市のHPで不審者情報を見ると付きまといや声かけ事案など、いくつも目撃情報が挙がっている。 

 だとしたら気安く話せる内容では無いだろう。まして男子には。


 だが先輩は曖昧に笑った。

「何かあったというか――何かあったら困るって感じかな」

 彼女の言わんとするところが分からず、僕は戸惑った。先輩自身が実際に事件に遭遇したわけではないとしたら、彼女の周囲で何かあってそれが自身にも発生することを恐れているのかもしれない。しかし、そのために部活を辞めたというのだろうか。工藤の話を聞く限り活躍していたようだし、部の内外問わず人望もあったようだ。中途で止めるというなら余程の事情だろう。

 いずれにせよ、顧問の先生にも伝えていないというプライベートな理由だ。僕には想像もつかない。


「でもね――星は見たいの」

 え?と僕は逸らしていた彼女の顔を見た。静かな微笑みは変わらないが、瞳に決然としたものを感じた。

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