静かな夜に(2)
「あ、透也くん。お疲れー」
先ほどの表情から打って変わって先輩は微笑んだ。
彼女の微笑みは他人とは違うように感じる。意図的・儀礼的に笑顔を作っても口だけで笑うことになり、眼元まわりは笑っていないというのはよくあることだ。
けれど先輩は眼元からしっかり微笑みかけていると思う。
それも普段から付き合っている気の置けない女友達ならともかく、ばったり出会った僕のような半ば他人にこういう笑みを作れるのは、彼女が美人だとかそういう次元の話ではなく、もっと根本的なところで天性の才能があるのではないか。先輩が皆から慕われるのは、そういう背景があるに違いない。
そんなことをぼんやりと考えていると、先輩がすいと近づいてきた。
「本借りに来たの?それとも自習かな」
「借りてた本の返却に――あと新しいのを何か借りようかと」
先輩との距離が近い。図書室の中だけにあまり大声は出せず、必然的にお互いの距離は縮まらざるを得ないのだ。心臓の鼓動が早くなる。
「何か難しいの借りてそうだよねぇ。博学だし」
「そんなことないです。普通のSF小説とか――」
そこまで話したところで、ちらと周囲を見た。あまり人はいないが、どこで見られているか分かったものではない。何しろ先日も一度一緒に帰っただけで校内の噂話になっているのだ。
「えーと、すみません先輩。場所を変えませんか」
適当な用事を言ってそのまま帰っても良かったのだが、彼女と話したい欲求が勝ってしまった。ひとまず図書室を出て、それから――
「そだね。立ち話もなんだし」
だが先輩は違う意味に受け取ったようで、室内の机に向かうと鞄を降ろした。幸か不幸か、先程まで自習していた人は入れ替わりに帰ったようだ。
こうなったら仕方ない。また見られたらその時はその時だ。先輩と向かい合う形で椅子に座った。
「透也くんは結構図書室来てるの?」
座るや否や興味津々といった様子で話しかけてくる彼女。
「頻繁にってほどじゃないですけどね。好きな本が多いのでちょいちょい来てます」
「そういえばSF小説って言ってたっけ。いかにも天文部って感じ」
「SFって言っても幅広いですよ。星新一や筒井康隆も広義のSF作家ですし」
「筒井康隆――そっか。『時をかける少女』って代表作だよね」
タイムリープものの金字塔のタイトルを彼女は挙げた。流石に知っているようだ。
「ですね。何度も映像化されてて。原作者を知らない人も多いみたいです」
「私も最近までジブリ原作のアニメだと勝手に思ってたよ。筒井康隆かぁ。他の作品とのギャップがすごいよね」
顔をほころばす先輩。確かにブラックユーモアたっぷりの筒井康隆からは想像できない作品だ。
「先輩は――どんな本を借りに来てたんですか」
何気なく話を振ってみる。だが先輩は軽く首を振った。
「ううん。今日は特に借りようと思って来たわけじゃないから。暇つぶし、かな」
「そう、なんですか」
立ち読みしている姿はそのような雰囲気には見えなかったが、それを言うわけにもいかなかった。




