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彼女の視る宇宙(そら)  作者: 藍原圭
第一章
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RIVER(4)

 放課後はクラスの喧騒から逃げるように部室へ向かった。

 今日は定期活動日ではないが、普段から僕は天文部の活動の名目で部室を利用している。

 次の観測会の準備を進めることもあれば、自習することもあるし、ただ小説を読みながら時間を潰していることもある。もとより今は自分1人でいることが大半なので、自由気ままだ。昨年の文化祭が終わった頃から、しばらくこの状態が続いている。


 少々古めの部室備え付けのパソコンを操作し、文字を打ち込んでいく。現在僕がやっているのは木星の表面模様の観察とそのレポート作成だ。木星のシンボルともいえる巨大な渦、大赤斑に着目し、自身の観察スケッチと合わせて研究している。過去数百年に渡って存在し続けてきた大赤斑は過去最少クラスにまで縮小しており、その縮小の勢いは加速している。このまま21世紀中に消滅するのか――過去の天文学者のスケッチ資料とも照らし合わせて、何かしらパターン化できないか。

 そんなことを考えていると、入り口の扉が開いた。


「お、精が出るな」

 姿を現したのは鞆浦先生だった。

「あれ、今日は――」

 定期活動日ではない、と言う前に先生は口を開いた。

「いや、通りかかったんで覗いただけだ。臨時の入部者が来てないかと思ってな」

「まさか。先生も思ってないでしょう、そんなこと」

 廃部も決まっているこの部に今から入部希望者が来るはずがない。


 ――いや、先日2年生が1人訪れたばかりだ。そして急遽一緒に天体観測に出かけた。果たして天文部の正式な活動と言っていいのかは分からないが。

 それを先生にも言うべきだろうか。鞆浦先生なら下衆な勘繰りも無理強いもしなさそうではあるけれど、余計な期待もさせてしまいそうで言い出す気にはなれなかった。


「それがな、うちのクラスの連中が何人か聞いてきたんだよ。『天文部って活動してるんですか』云々。興味があるのか聞いてみたらそうでもなさそうだったけどな。あれは何だったのやら」

 それは恐らく僕と藤崎先輩絡みの話だろう。彼女らは情報収集に余念がないらしい。僕は内心ため息をついた。鞆浦先生は細かい背景までは聞き及んでいないようだが。


「いや、単に廃部の噂を聞いて面白がってるだけだと思います」

 適当に誤魔化すと、先生は首を傾げた。

「そうなのか?そこまで意地の悪い連中じゃないと思うが」

 意地が悪いわけではないだろうが、憧れの先輩と釣り合わない根暗が何を企んでるのか、くらいは思っているかもしれない。

「今更ながら興味を持たれても切ないものがあるな。今の2年生だって入学直後の4月は割と希望者がいたんだが、ほぼ全員いなくなっちまったな」


 やれやれといった感じで腕を組む先生に、僕は何気なく尋ねた。  

「2年生といえば――2年7組の藤崎望さんってご存知ですか?」

「ん?藤崎って――ああ、藤崎県議の姪っ子だな」

 そういえば先輩の伯父は県議会議員だとかクラスの工藤が言っていた。先生達の間でも周知の事実らしい。

「まぁ有名だよ。あんまり大きな声では言えんが、生徒の親族に議員がいると特に公立高校じゃ上の人の気苦労も絶えないらしいからな」

 そうだろうな、とは思う。万が一彼女の身に事故が起こったりしたら、学校の責任者が議会から吊し上げを喰らうのは想像に難くない。


 この手の大人の世界の話はどうにも嫌だ。先生の仕事は尊敬するけれど、自分が教職に就きたいとは思えない理由の一つだ。

「藤崎がどうした?気になるのか」

 先生がニヤリと笑う。いけない、勘違いされたようだ。

「いや、違います先生」

「俺はあんまり知らんが美人らしいな。そうか、お前も朴念仁じゃなくて年相応な面もあるんだな。安心した」

 否定する僕を面白そうに見ながら話す先生。

「だから違いますって」

「お前は良識ある人間だと思うから、別に不純異性交遊云々なんて野暮なことは言わんぞ。今しかできないことも多いだろうからな。まぁ程々に精進するこった」

「はぁ……」

 励ましとも冷やかしとも言えぬ言葉を残して、鞆浦先生は去って行った。


 そう言われたところで、何をどうしていいか分からない。

 彼女とは特に連絡先を交換したわけでもないし、かといって上級生の教室を覗きに行くのも憚られる。

 しかし、本来なら生徒指導するべき立場の先生からこんな叱咤みたいな言葉を言われるとは、余程なんだろうな、と思った。

 女子には興味ない、お近づきになりたくないとは思わない。ただ、現在のクラスメイトの女子とはどうにもそりが合わないのだった。角突き合わせるという程では無いけれど、常に見えない壁があるように感じる。たまたま尖ったメンツがこのクラスに多くて無意識にこちらから敬遠しているのか、先方も部員1人で部活に勤しむ僕を訝しんでいるのか、その辺ははっきりとしない。


 藤崎先輩のことが頭から容易に離れないのは、単純に容姿が優れているからなのだろうか。自分でも分からなかった。

 作業に戻る気になれず、パソコンから離れて小説を取り出す。校内の図書室で借りた本だが、返却期限が近づいていた。明日の放課後は返却しに行こう――ぼんやりそう考えた。

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