RIVER(2)
教室へ入ると、既に半数ほど席は埋まっていた。
いつもどおり窓際の自分の席へ向かう。
「――おはよう」
誰に向かってというわけでもなく挨拶し、着席する。
クラスの中でとびきり浮いているという方ではない。ただ人気者には程遠い。
そんな微妙な立ち位置は中学校から高校に入学しても特に変わらなかった。
それを幸福と見るのか否かは人それぞれだろうけど、僕は概ね現状に満足していた。率先して周囲をまとめていくタイプではないことは重々承知していたし、そんな生き方にも興味がない。人生は配られたカードで勝負すればいいのだ。
そう。満足していた――のだが。
「………………」
何かクラスの雰囲気が違う気がする。
立ち話している男子、隣同士座ったままひそひそ声で密談中の女子。
朝にしてはクラス中の会話のトーンがどうにも低い。このクラスはそこそこ賑やかな方なので、どうにも違和感が拭えない。
しかも――気のせいかもしれないが、皆の視線が自分に向いている。
何だ。何かやらかしたか自分。
赤点も補導歴も、武勇伝になるような真似と今まで縁がないのは自負するところだ。自負しても仕方ないが。
いや、思い当たるフシが全く無いわけでもない。しかしまさか昨日の今日で――
ひとまず手持ち無沙汰なのをなんとかしようと、鞄から小説を取り出してそちらに集中しようとする。だがページをめくれどめくれど小説の中身は頭に入らず、視線が刺さっているのを意識しないようにするのは不可能だった。
いっそ誰かが問いただしてくれたら楽なのに――真綿で首を締められている気分を味わっていると、がらりと扉が開く音がした。時計を見ると8時30分を指している。
「おはようさん。ほれ席に着け」
鞆浦先生だ。朝のHRの時刻である。立っていたクラスメイトはおもむろに席に着いた。
クラスの空気が変わったことに安堵して小さくため息をつく。一時限目の古典に気持ちを向けようとして――はたと気づいた。
今日の古典は確か自分の列に音読の順番が回ってくる。古典の坂東先生は厳しく、予習していないと有り難くない説教を滾々と頂戴する羽目になる。よりによって今日に限って予習を失念していた。しかも個人的に古典は一番苦手な科目なのだ。
どうしたものか――逡巡した挙げ句、前の席の近藤に声をかけた。ただでさえクラス中の視線に晒されているのに、この上さらに先生から名指しで説教されるのだけは御免だった。
肩を軽く突くと、近藤は振り返った。
「あのさ、今朝の古典の課題だけど――」
だが彼は取り合わず、意を決したように、だが小声で聞いてきた。
「なぁ。お前――藤崎先輩と知り合いなの?」
「え?」
なぜその名前が出るのか。
そして思い知る。今朝のクラスの空気の意味を。