幼魔女5
シェリ・ジュブワ。
魔法使徒はその魔力の強さに比例するように、髪や瞳から色素が抜けていく。
レーヌ程ではないが高い魔力と多くの知識をもつ彼女には、ある呪いがかけられていた。
『十を数える歳から成長しなくなったのである。』
どこぞのロリコン野郎が聞けば泣いて喜びそうな話だが、僕は心底迷惑に思っていた。
心は月日とともに育っていくのに、体だけが心の成長に適応しない。年頃の女の子が好みそうなオシャレには興味がないように振舞っているが、実際には酷く憧れていることを知っている。
成長しない彼女だが、夜のうちだけは年相応の姿になるのが唯一の救いとも言えた。
王都で流行っているドレスを買い与えて、彼女が好きそうなアクセサリーで飾ってやる。その間は確かに嬉しそうに笑っていた彼女も、目が覚めればサイズの合わないドレスに包まれることを嫌って次第に袖を通すことをやめた。
同年代の友達も作れない。恋もできない。オシャレもできない。
普通の女の子のように、普通に生きることができない。
だから、僕はシェリを普通の女の子にするために、この呪いを解くことを決めた。
そのためには、あのまま森の奥で暮らしているのではダメだ。もっと様々な文献と、博識の魔法使徒を求めて、魔法の中心とも言えるフランクイヒの城に行くことを決めた。すべては、シェリのために。
リアムの話が終わるまで、ルイとレオは始終無言だった。
難しい顔をして、自分の向かいに座るシェリを見つめている。
場所はルイの執務室。ここなら誰も聞き耳を立てることはないだろうというルイの提案で、頭からシーツを被せたシェリを連れ立って四人は中央のソファに掛けていた。
リアムが過ぎるほどシェリの身を案じている理由は分かった。しかし、解せないことがひとつだけある。
「何故、白の魔女は、シェリにそんな呪いをかけた?」
顎に手を添えて、ひとりごちるように呟いたのはルイだった。
リアムは力なく頭を振って、わからない、と呟く。
「先生が意地悪でそんなことをするはずないんです。あの人は、シェリのことを可愛がっていたから。彼女のために僕を拾ったくらいなんです」
「シェリのために?」
「ええ。先生は、よく僕にシェリを守るよう言い聞かせていました。そのための訓練は鬼のように恐ろしくて……。よく泣いている僕に、そんなんじゃシェリを守れないぞって怒鳴っていたなあ」
俄かに遠くを見つめはじめたリアムの境遇に、胸中で合掌する。
彼の能力の高さと捻くれた性格は、そのあたりに所以があるのだろう。彼に煮え湯を飲ませられてばかりいるルイとしては、余計なことをしやがってと恨む気持ちが強いが。
「それで、呪いを解く手掛かりの方はどうなんですか?」
「それが、僕が想像していたよりも仕事が忙してくて、全然そちらに手が回らないんです。それとなく城仕えの魔法使徒に話を聞いて回っても、そんな魔法聞いたこともないと言われてしまうばかりで。正直、八方塞がりな状態なんです。あーあ、もっと時間があれば、古い文献を読み漁れるんだけどなあ」
「……明日からはもっと仕事を分担させるように伝えておく」
トゲが刺さりまくった言葉を全身で受け止めながら、ふいっと目を逸らした。リアムの能力が高いため仕事が舞い込んでくる事実もあるが、彼への嫌がらせのために多少他人より多く割り振っていた事実もないことはない。
気まずさと居たたまれなさで、まともにシェリとリアムの顔を見れなかった。
もっとも、シェリの顔を見られないのはそれだけが理由ではない。
幼い姿だったときは臆病そうな印象の方が優ったが、こうして年恰好が近くなった彼女は、愛らしい見目のなかに儚さを交えていた。蜂蜜色の瞳がこちらを見るたびに気恥ずかしさで目を逸らしてしまうが、こちらを見ていないとなると、それはそれでずっと自分を見ていて欲しくなる。
自己呵責に陥って顔を赤くするルイに、リアムの顔に薄ら寒い険が増していく。うわあ、この空間嫌だなあ、というのはレオの心の声だ。
「……殿下とベルナールド殿だからお伝えしますが、シェリには多量の魔力が備わっています。そして、その力は夜になると抑えられてしまう。これも先生の魔法が原因だと考えています。彼女が本気で戦えば、きっとこの城にいる誰もシェリに勝てません」
「お前やレオでも無理なのか?」
「赤子を捻るように叩き潰されますね」
「……」
この少女にそんな力があるとは思えない。しかも、その実力を発揮するのは十の見た目をしているときだと言うのだ。
怪訝な顔で自分を見つめる二人に、シェリの顔がぽすぽすと赤くなった。隣に座るリアムの服を掴んで、頭から白い湯気を出している。
「既にご存知だと思いますが、僕は風の魔法使徒です。他の属性も扱えますが、扱えるだけです。その分野を極めている魔法使徒には敵いません。だけど、シェリは違う」
自分の服を掴むちいさな掌を、強く握り締める。
「この子は、先生……白の魔女と同じ、奇跡の力を持っている。四行は勿論、世界の分子に直接語りかけることのできる、全能の魔法使徒です」
恥じるように唇を噛み締める少女は、小さく頭を下げた。
リアムの言葉を肯定するように。己が、彼の言う全能の魔法使徒だと認めるように。
蜂蜜色の瞳には不安と戸惑いと、ほんのひと匙の覚悟が灯っていた。