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魔女は真夜中に恋をする  作者: 三浦理生
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幼魔女3

最初のうちはまともな会話もままならなかったが、暫くすれば嫌でも耐性がつくらしい。

時折、発作のように突っ伏して泣き出す以外には、親切な紳士という印象だった。

満身創痍の体でリアムが部屋に戻ったのは、夕刻に差し掛かる頃だ。

仲睦まじくお茶をしていた二人を見つけて、痛む額に掌を添える。


「なに呑気にお茶なんてしているんですか。まったく……なんのための護衛だ」

「ご、ごめんなさい、お兄さま! 私が無理にお願いしたんです。だから、シュヴァリエ様をあまり叱らないでください」

「シュヴァリエ……さま?」


足元に赤い血のついたハンカチを大量に落としたシュヴァリエが、嬉しそうにVサインを示してきた。

何だその満面の笑みは。一体二人の間に何があったんだ。

ジクジク痛む額を押さえて、深い溜め息をこぼす。


「分かりました、とにかくシュヴァリー殿はお戻りください。あとは僕がシェリと一緒にいます」

「しかし、リアム様は随分お疲れのご様子。リアム様がお休みになられている間も、引き続きシェリ様の護衛をさせて頂きますよ」

「お心遣いはありがたいですが、結構です。あなたにもお仕事がおありでしょう? お忙しいのに雑務を増やして申し訳ない。さあ、お出口はあちらですよ、シュヴァリー殿」


リアムが人差し指を操るのに合わせて、部屋の扉がひとりでに開いた。

苦く笑って、手に持っていたティーカップをテーブルに置く。


「それでは、また明日参りますね。シェリ様」

「はい、本日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「ああ、シュヴァリー殿」


部屋を出ようとした背中に呼びかける。

短く切った赤髪が揺れて、「はい?」と振り返った青年は、まともにしていれば好青年らしい風貌だった。


「伝え忘れておりましたが、明日は来て頂かなくて結構。代わりにベルナールド殿にお願いしています」

「……はあ? 団長に?」

「ええ。あまりあなたばかり頼っていては申し訳ない。なので、ベルナールド殿には恐縮ですが負担を分担して頂くことになりました。彼には週に二度、シェリの護衛をお願いしております」


ニコニコ、ニコニコ。よくできた仮面だ。顔面を掴んで引っ剥がしてやれば、さぞ気分がいいだろう。

自分が裏で何と言われているかも、自分の趣味をきっとこの過保護な兄が快く思っていないだろうことも全て承知の上で、それでも気に入らない。

自分の趣味が止まらない限りリアムと仲良くできる日がくることはないだろうと覚悟はしていたが、いつの日か彼ともお茶をするくらいの関係が築ければと夢見ていたのだ。

それが、まあ、あまりにも憎たらしいほどよくできた能面だこと! わざわざ団長を引っ張り出してきて、そんなに自分がシェリの側にいるのが気に入らないか。

ニコニコ、ニコニコ。引き攣りそうになる表情筋を引き締めて、シュヴァリエの顔にも笑みが浮かぶ。


「せっかくですが、俺は優秀なので己の仕事を溜めるような愚行は働きません。お心遣いは結構です。それに団長は俺なんかよりご多忙だ。俺を案じるよりも、団長を案じて頂けませんかねえ?」

「ほお、溜まるほどお仕事がないということですか? 僕なんかここに来てから、あちこちに引っ張りだこで目も回る忙しさなんですよ。いやあ、シュヴァリー様が羨ましいなあ」

「効率が悪いんじゃないですか? なんなら、俺がお仕事のお手伝いをして差し上げますよ」


二人の間にバチバチ火花が散っているのを見て、シェリはおろおろしてしまった。

さっきまで仲良くお話していたのに、突然喧嘩をはじめた理由が分からない。好きな人と好きな人には仲良くしていて欲しいと思うシェリは、控えめに「お兄さま」と声を掛けながら腰にしがみついた。


「け、喧嘩はおやめください。お兄さま……、もうすぐ夜になってしまいます」


最後の言葉は、リアムにようやく聞こえるほどの小さな声だった。

ハッとして振り返った窓の向こうは、オレンジ色に群青が混ざりはじめている。不安そうに自分を見上げるシェリを抱き抱えて、尚も言い募ろうとしていたシュヴァリエの背中を無理矢理押した。


「とにかく、シュヴァリー殿。明日はご自身のお仕事をお片付けください。これはもう決まったことなのです。今日はお引き取りを」

「ちょ、リアム殿!」


話はまだ終わっていないと踏ん張れば、一瞬強い風がシュヴァリエの顔に吹き付けた。たまらず固く目を閉じた隙を狙って、部屋の外に蹴飛ばされる。


「それでは、おやすみなさい」


爽やかすぎて嘘くさい笑顔で見送られ、無情にも扉は閉まった。

その場に座り込んだまま、何だったんだ、と呟く。

そういえば、リアムが城で働きはじめると言ったときも妙だった。勤務時間は朝から夕刻まで。陽が沈んでいる間は絶対にシェリの側から離れず、彼女もまた部屋に閉じこもること。

そのときは妙な二人だと特に気に留めていなかったが、今の様子を見る限りではただごとじゃない理由がありそうだ。いつの間にか背後の窓の向こうは群青色に染まり、空には星が瞬いていた。

夜が来たのだと、窓を仰ぎ見て思う。

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