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魔女は真夜中に恋をする  作者: 三浦理生
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白の魔女4

見た目は小屋の様相をしつつ中は豪邸かと一瞬期待したが、扉の向こうは何の変哲もない、小さな建物だった。

短い廊下を進んで突き当たりの扉が、先程リアムが本を読んでいたベランダと繋がっているらしい。

壁沿いに本と薬草を並べた棚がずらりと並び、収まりきらないのか幾つかの本は床に乱暴に重ねられていた。どれも高度な専門書のようで、かじる程度には薬学の勉強をしているルイも、近寄っただけで頭痛がするような分厚さをしている。

部屋の中央には四人がけのダイニングテーブルがあり、先に腰掛けていたリアムはまた本を取り出して視線を下ろしていた。

おい、と呼びかけるより早く、「どうぞ、お座りください」と甘い声が呟く。

レオが苦笑しながら不機嫌そうなルイの椅子を引けば、渋々とリアムの向かいに掛けた。


「それで、あなたたちのご用件ですが」

「その前に本くらい置いたらどうだ」

「ああ、お構いなく」


それを言うとすれば、こちら側の方なんだが。

またもや頬が引攣るのを感じたが、深く息を吸って落ち着いた。今日はなにも、この何かとルイに突っかかってくる少年と喧嘩をしにきたわけではない。


「フランクイヒの現状を知っていると言ったな。ならば、俺たちが求めているのも察しているんだろう」


現在、この国は謎の病に侵されていた。

まず、初期症状として高熱や頭、腰への痛みがでる。一度高熱が引くと、今度は頭部、顔面を中心に皮膚色と同じ、あるいはやや白色の豆粒状の丘疹(きゅうしん)が生じ、全身に広がっていく。その後、再度の高熱。これを乗り越えればあとは回復に向かうのだが、重篤化し呼吸困難に陥り死に至るケースが多発しているのだ。

回復したとしても瘢痕(はんこん)が残り、女はよくて修道院行き。酷い場合だと、その病で死んでしまったことにして殺されてしまう。

せっかく病に打ち勝ったのに、家族に殺される無念を思うと腹立たしさが募る。そのような非道を行った家族へはもちろん、そうせざるを得ない境遇に対してもだ。

膝の上で固く拳を握り締めて、リアムを見上げる。

彼はほんの少しの興味を含んだ眼差しをルイに向けていた。


「頼む、白の魔女の弟子よ。俺に万能の薬を与えてくれ。白の魔女が持つその薬を使えば、どんな病もたちどころに治ると聞いた!」

「せっかくここまでお越しくださったところ恐縮ですが、そんな都合のいい薬ありませんよ」

「っ! 貴様、国の大事だということを分かっていないのか! 理由は知らんが俺のことを嫌っているとしても、今はそんな嘘!」

「誠に遺憾ですが」


パタン、と軽い音をたてて本を閉じた。

前髪の隙間から覗く双眸に見つめられ、尚も詰め寄りかけていた口を閉じる。


「万能薬などという代物、白の魔女にかかっても無理なものは無理です」

「っ!」

「そんなものを作れるとすれば、それは最早神の領域でしょう。人間ごとき矮小な存在が、おいそれと手を出していい代物ではない。お分かりか? 王太子殿下」

「……だとして……」

「ん?」

「そうだとして……、ならば、俺は、どうすればいい。俺は……、どうすれば、俺の国民たちを救ってやれる」


掌に爪が食い込むほど、強い力で拳を握り締める。

噛みしめる奥歯は、油断すればこぼれ落ちてしまいそうになる涙を堪えるためのものだった。

ここに来る道中も、何度も病にかかった人々を見てきた。お忍びでやってきたため城の馬車と知らぬはずの、何者が乗っているかも分からぬ馬車に、それでも助けてくれと懇願する人々。まだ幼い子どもを抱いた母親の姿。痩せこけた老人。美しく可憐だったはずの少女が顔中に丘疹を作り、家族に家に押し込められる姿も見た。

こんな現状を許さぬはずはない。特効薬はなく、城に抱えている魔法使徒もお手上げ。藁にも縋る思いで訪ねた白の魔女は不在で、奇跡の万能薬もない。これ以上、どうすればいい。どうすれば、俺の民は救える。


「……まだ王にもなっていないのに、俺の国民とは随分傲慢な物言いですね」


気怠げに背凭れに背中を預けたリアムは、しかし、言葉とは裏腹にやさしい笑みを称えていた。


「だが、いいでしょう。あなたの情熱は僕が買います。対価は……そうですね。この薬で如何でしょう?」


テーブルの上に置かれたのは、小さな小瓶だった。透明の液体が置かれたそれを、間の抜けた顔で見つめる。


「これは……?」

「見ての通り、薬です。あなたたちが戦線恐々、恐怖しているその病の名は天然痘と言います。万能の薬はありません。ですが、天然痘の特効薬ならあります」

「きっ……貴様……!」

「はっはっはっ、どうしました殿下。鼻が赤いですが、もしかして薬がないと思って泣いてしまったのですか。よしよし、かわいそうに。残念ながら、あなたたちがなかなか来ないから、薬は作りすぎて国民の数よりも多いくらいですよ。だから、もう泣かなくていいですからねぇ」

「……っ!」


怒りで震える拳を勢いよくテーブルに叩き付ける。

もう腹立たしいのか、恥ずかしいのかよく分からないまま、顔を真っ赤にしてリアムを睨み付けた。

しかし、この腹立たしさは己を侮辱したものへではない。それよりも、この男は、何故!


「何故、もっと早くこの薬を市井に出さなかった! そうすれば、救えた命は今より多かったはずだぞ!」

「言ったでしょう、あなたを待っていたと。あなたが来るのが早ければ、彼らは助かった。僕のせいではないです」

「そんなもの詭弁だ! 貴様が薬を持ってこの場所を離れさえすれば」

「離れられないんですよ」

「なに?」

「僕たちは、白の魔女から呪いを受けている。この土地を離れることができない呪いをね。だから、この薬を国民に配ってくれる存在、あなたを待っていたんです」


背凭れに頭をのせて、目線だけをルイへと捧げる。長い睫毛が瞳に掛かって、目の下には影ができていた。

その表情があんまりにも寂しげで、言葉を失う。

白の魔女はここにはいないと言った。不在の魔女が、それでも彼をここに縛り付ける呪い、とは。

それには、一体どんな想いが込められているのだろう。

彼はひとりきりで、どれだけの間ここにいるのだろう。

それまで生意気だと思っていた彼の境遇を思うと、それ以上リアムをなじる言葉は出てこなかった。

しかし、少年は突然思い出したように、そうだ、と立ち上がってベランダに続く扉を開いた。あたたかな春の風が吹いて、一瞬ゆるく目を閉じる。


「紹介が遅れてすみません。僕の妹です」


緑と花の匂いが、部屋の中に飛び込んできた。

やわらかな陽射しの、これは、干したシーツの匂い。

ゆっくり開いた扉の向こうにいた少女は、突然扉が開かれた先の来客に、目を丸くして驚いたようだった。

日にかざせば透けてしまいそうなブロンドは緩く波打ち、座り込んだ彼女の周りに散らばっている。瞳の色は甘い蜂蜜色。未踏の雪のような肌の中に浮かぶ唇は、さくらんぼのような朱色をしていた。

リアムよりも薄い色素をした彼女もまた、白いワンピースを着ている。年の頃はようやく十に達した程度だろうか。幼い少女の膝の上には、見覚えのない薬草が幾つも乗っていた。


「シェリ・ヴンサン・ジュブワ。僕の可愛い妹で、白の魔女の娘であり……、正当な後継者です」


大きな丸い目が、まっすぐにルイを見つめる。

じんわりと頬に朱がさしていく様を、愛らしい、と思った。






***


リアムたちとの出会いから一ヶ月。

与えられた薬は無償で国民たちに配った。作りすぎたと言っていたリアムの言葉通り、国民全員に行き渡った薬の効果のおかげか、ついこの間まではあちこちで報告されていた病の騒動も落ち着いてきている。

心配していた高熱のあとの瘢痕もなく、既にできていた瘢痕が薬を飲んでからは消えたという話さえ聞く。

これで万事解決。よかった、よかった、と頷きたいところだが……。


「いや、お前普通に外出てるじゃねえか! 呪いはどうした、呪いは!」

「呪い? はっはっはっ、そんなものあなたに会うために気合いで解きましたよ、王太子殿下」


城の中に我が物顔で踏み入っているリアムを勢いよく指差せば、背中に隠れたシェリの方がびくりと驚いた。

途端、険しい顔をしたリアムがルイを睨み付ける。


「おい……僕のシェリを驚かせてんなよ」

「いや、お前が怒る基準はどうなってんだよ……」


呆れて物も言えないとは、このことかもしれない。

それで? と肘掛に体を預けて、相変わらず凄むシスコンに向き直った。


「白の魔女の呪いとやらを解いてまでこんな騒がしいところに来たんだ。何の用だ?」

「実はお願いがありまして」

「お願い?」

「はい。王位代一席であるルイ王太子殿下へのお願いです。まさか、恩人である僕たちの願いを、殿下ともあろう方が無下にしませんよね」

「なるほどね……。そのお願いのために、俺があそこに来るのを待っていたわけだ」

「さて、何のことか分かりません」


澄ました顔でニコニコ笑む少年に、ふん、と鼻を鳴らす。

不機嫌そうに足を組んで、目の前の少年を冷えた目で見つめた。


「白の魔女を揶揄とすれば、お前は白のクズだな」

「お褒めに預かり光栄です、王太子殿下」


全身を白で包んだ魔法使徒は、それはそれは丁寧な仕草で腰を折った。

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