白の魔女3
野原はやはり、奇妙としか言えない場所だった。
風はあたたかく、空の上に輝く太陽はやわらかい。春の微睡みに似ている、とルイは胸の内で思った。幼い頃、窓辺で本を読みながらうとうとしていた、あたたかな日のようだ。
どこか感じる懐かしさに胸元を握りしめて見上げたレオも、訝しげな顔をしていた。
使徒の魔法と言うにはその魔法の範囲はあまりに広大で、魔力を消費してまで維持すべきことなのか意味を汲み取れない。
彼の手は既に剣から離れていたが、いつでも構えられるように常に緊張を張り巡らされていた。ルイのように手放しで懐かしさを感じられるほど、魔法使徒の力を侮ってはいない。
「レオ」
ルイの言葉に、険しさが混じる。
彼の視線の先は、小屋だった。ウッドデッキを組んで白い洗濯物を干す足元で、椅子に深く腰掛けた少年が本を読んでいる。
ハニーブラウンの髪は肩の下まで伸び、後ろで雑に結われている。長い睫毛の下は紅茶色の瞳。薄い色彩の風貌は、たまに街中で見かける魔法使徒の特徴だ。しかし、自分たちが探しにきたのは色の抜けきった出で立ちをした、白の魔女と呼ばれる魔法使徒だ。
「失礼。突然訪問して申し訳ない」
ウッドデッキから五メートルは離れた位置から、レオが声を張り上げる。もっと近づかないのか、とルイがなじる声は受け流す。正体不明の魔法使徒に迂闊に近付くほど命知らずではない。この距離だって、近付きすぎなほどなのだから。
少年は本から顔を上げることもせず、怠惰そうにページをめくった。
「あなたたちも白の魔女に会いにきたんですか?」
「ああ。訳あって、彼女の力を借りたいんだ」
「誠に遺憾ですが」
甘く吐息交じりの声が、無感情に告げる。
「先生は五年前に行方不明になりました。どうぞ、お引き取りください。王太子殿下」
「なっ……! 貴様、何故それを!」
「魔法使徒に知らぬことはありませんよ」
読んでいたページにしおりを挟んで、立ち上がる。
少年は細い体躯を白のニットに包み、パンツまで白に統一するという徹底ぶりだった。白の魔女の体貌を知らなければ、彼を白の魔女と信じていたかもしれない。
歳の頃はルイと変わらぬ程度。少年と青年の間をたゆたう、美しさを湛えている。長い前髪の下から見え隠れする気怠げな表情は、危うい色香さえ含んでいた。
不意に、それまで無表情を貫いていた唇に、僅かに笑みが乗った。たったそれだけで、彼が年相応に幼く見える。
「と、それっぽいことを言いましたが、今の国の現状を思えば、あなたたちが来たのは遅いくらいです。いつ来るのかと、随分待ちくたびれてしまいましたよ」
「ふん。国の惨事を知りながら、俺が来るまで優雅に読書か。魔法使徒とは随分呑気なものだ」
「殿下」
「……言いたいことは、後ほどお聞きします。せっかくこんな辺鄙なところまでお越しいただいたのですから、お茶くらい飲んでいかれてください」
彼が言うのと同時に、小屋の扉がひとりでに開いた。
腕を組んで仁王立ちの構えをしたルイの肩がびくりと跳ねる。それを見ていた少年が小さく鼻で笑ったのを、見逃すような男ではない。
顔を真っ赤にして小刻みに震えるルイの肩を、抑えてくださいと言いながら叩いた。
「そうだ、自己紹介がまだでしたね。僕はリアム・ヴンサン・ラ・ジュブワ。白の魔女の一番弟子です」
「私はレオ・ベルナールド。こちらの方はルイ・ド・フランクイヒ王太子殿下です」
「ああ、あなたがベルナールド殿。ご高名の数々は予々拝聴しております。文字通り獣のような強さだとか。是非、これまでの武勇伝の数々をお聞かせ願いたいものです」
「あなたのお耳にまで届いていたとは、お恥ずかしい。そんな大したものではありませんよ。どれも噂が一人歩きしたものばかりです」
「おい、俺のときとは随分態度が違うな」
頬を引攣らせるルイに、何だまだいたのかと言いたげな冷ややかな視線を浴びせる。
なんなんだ! 俺何かしたか!? 初対面だよな、俺たち!
さっさと小屋の中に入っていたリアムを震える指で指す。
「おれ、あいつきらい……」
「大人になってください、殿下」
呆れた顔をするレオが腹立たしくて足を踏み降ろすが、俊敏な動作で避けられた。余計にムカつく。
くそっと地団駄を踏みながら入った小屋の扉が、またしてもひとりでに閉まった音に肩を跳ねさせる小さな王太子に、小さく笑ったのはレオだった。