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魔女は真夜中に恋をする  作者: 三浦理生
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白の魔女2

鬱蒼とした森の中を彷徨って、どれくらいになるだろう。

右を見ても左を見ても、木、草、木、草エンドレスで木と草。深い緑の匂いが鼻の奥にこびりついて、ずっと皺を寄せている眉間は痛いくらいだ。

少年は端正な顔立ちを歪ませて、森に入ってからずっと前を歩く背中を見上げた。


「おい、レオ。いつになったら白の魔女の住処につく」

「そう仰られましても。何せ存在自体が都市伝説のような方ですからね。本当にこの森の奥に住んでいるのかも怪しいところです」

「くそっ……やはり俺はおとなしく近くの村でお前の帰りを待っておくんだった」


そう言って舌を打つ少年に、レオと呼ばれた男は苦笑した。

口は悪いが、本来は心根の優しい人だというのを、長い付き合いのなかで知っている。粗暴な言い方しかできないのは、そんな己の胸の内を知られないよう振る舞うためだ。要は、照れ隠しなのである。

損な人だよなあ、というのは、彼をよく知る人間の共通認識である。

人に慣らされていないせいで行く手を阻む草根を、片手に持った剣で薙ぎ払っていく。屈強な身体を足首まで隠す長い外套に覆い、精悍な顔立ちをした男だ。短く切られた黒髪の下には切れ長の目がある。

第二十八代、現王国騎士団団長レオ・ベルナールド。

彼の後ろを歩くのは、フランクイヒ王国王位第一席ルイ・ド・フランクイヒ王太子である。

彼の護衛を務める身としては、こんないつ獣に襲われるとも知れない森の中などではなく、彼の言うように宿でゆっくり自分の帰りを待っていてほしいというのが本音だ。

しかし、真面目で意地っぱりな嫌いのある彼が、レオの言うことに素直に聞く耳を持つはずがない。

困ったお人だ、とは思うが、だからと言って嫌いかと言われれば即座に否と答えるだろう。

その強情なところが、彼の真面目で、善良で、清廉な性格の一部とも言える。


「おや。この先、急に道が拓けますよ、殿下」

「なに。ようやくついたか」


さっきまで青い顔をして肩で息をきっていたくせに、途端明るい顔をして早く進め、とレオの背中を押して急かし始める。

こういうところは、まだ子どもの名残がある。なにせ、彼はようやく今年で十八になる少年なのだ。つい最近まではレオの後ろをついて回って、勝負だと叫んでいた頃が懐かしい。


「……お前、今なにか失礼なこと考えていただろう」

「おっと、申し訳ありません。歳を取るとすぐ昔を懐かしんでしまう。悪い癖ですね」

「まだ四捨五入してようやく三十路のくせに」

「もう来年には三十になります。殿下からすればとうにおじさんですよ」

「お前なんか早く禿げてしまえばいいんだ」


目尻に細かい皺を寄せて笑う男の背中を、力任せに拳で叩きつける。

快活に笑うこの男は、ルイの護衛の他に剣の指南役も買っていた。幼い頃から何度勝負を臨んでも、勝てた試しは一度ともない。剣でダメなら知恵で倒してやる、と彼の飲み物に下剤をたらふく仕込んだ翌日、顔を真っ青にしたレオにしこたま怒られてからは悪知恵を働かせるのはやめた。

別に、怒り狂った彼にもらしてしまうくらい泣かされたからではない。やはり、因縁の宿敵は正面から正々堂々倒さねばなるまいと反省したからだ。うん。

最後の木のツルを薙ぎ払ったレオは、「殿下」と緊張を帯びた声でルイを呼んだ。

小さな声に応えるように、上半身を乗り出してレオの影から先を見据える。

森が拓けた向こうは、野原のようだった。今はもうすぐ秋にさしかかろうという時分で、動いていなければ少し肌寒いくらいだ。しかし、野原の向こうには若々とした緑が広がり、春の日のあたたかな風が流れている。

一度で見渡してしまえる広さの真ん中に、木でできた小屋がぽつんと建っていた。

春の風もそうだが、明らかに異質を放つ小屋の存在に、自然と二人で押し黙ったまま顔を見合わせた。


「取り敢えず、私が様子を見てきますので殿下はこちらでお待ちください」

「ふざけるな。何のために俺があんな森の中を通って来たと思っている。俺が会わずして、誰が白の魔女に会うと言うんだ」

「しかし、危険すぎます。白の魔女がどんな人間かも分からないのに、御身を危険に晒すなど……」

「五月蝿い。俺が行くと言ったら行くんだ」

「殿下……」


困ったように眉尻を下げる男の情けない顔に、ふんと鼻を鳴らす。


「それに、なんのためのお前だ? 俺にもしものことがあれば守ってくれるのだろう? 王国騎士団団長殿」


胸を張って居丈高に振る舞う仕草に、小さく嘆息する。

信頼してくれているのは光栄だが、あまり過信はしないでほしい。

一介の魔法使徒でも、一個中隊の力を持つと言われている。しかし、伝説の白い魔女の力はその比ではない。彼女はその並外れた魔力と、海のように深い知識によって、一国の軍事力にも勝るとも劣らないと言われているのだ。

所詮噂だが、だからといって、背中に王太子を抱えた状態でただの噂だと切り捨てることはできない。

腰に下げた剣の柄を握り、仕方がないお人だと呆れてしまう。


「まあ、精々死なないようには頑張りますがね。くれぐれも私の側から離れぬようお願い致しますよ」

「頼んだぞ、団長殿」


嫌味なほど爽やかな顔で信頼を手渡されても、嫌がらせとしか思えない。

深く深く息を吐いて、緑の地へと足を踏み入れた。

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