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空から女の子が降ってくるお話

作者:

 

「目標、接近中! 至急応援を頼む!」

 

 無駄だ。

 

 そう頭で理解していながらも、思考と肉体が剥離したかのように身体が勝手に動いていた。

 

「ちっ、まずい――!」

 

 応援の要請にやはり反応はなく。

 

 小隊はすでに俺のチームを残し壊滅していた。

 

「迎撃用意!」

 

 絶望する胸中で臓腑が冷え、震える。

 

 それとは裏腹に、肉体は訓練された通り機械的に動く。こちらへ接近する目標にAK-47の照準を合わせながら前屈、いつでも動けるように運動エネルギーを内側に溜め込む。

 

 微笑。

 

 目標は笑っていた。

 

「距離八〇〇、七五〇、七〇〇・・・・・・!」

 

 俺はひたすら距離を数えた。

 

 何のために? 最期の時を迎えるためのカウントダウン? それとも。

 

「・・・・・・こんなことに、なるなんて」

 

 彼女は呟いた。

 

 超高速で接近する目標を見据えながら、無感情に言葉を吐いた。無様にも最後まで戦う振りをする俺とは違い、彼女は現実を素直に受け入れていた。

 

「集中しろ! 死にたいのか!?」

 

「あなたはあの娘を・・・・・・殺せる?」

 

 彼女は怒鳴る俺になど目もくれず、目標を見つめながら問うた。

 

 殺す。

 

 そう考えたとき、何かが音を立てて崩れた。

 

 進学のお祝いで買ったパソコン、喜んでたっけ。運動会の二人三脚、ゴール直前で転んだな。食事のときいつも見てたお笑い番組、俺も好きだったよ。入学式に遅刻して恥ずかしかったな。初めてパパって呼んでくれたときもそうだった。

 

 俺が知っている、その笑顔だった。

 

「できるわけないだろ」

 

 目標はもう、すぐそこまで迫って来ていた。

 

 マザーコンピューターの暴走だかバイオハザードだか金融危機だか何だか知らないが、世界はある日突然、未曾有の恐慌に陥った。

 

 人類絶滅の危機に対する特効薬として処方されたのは、忘れ去られていた人類の進化。

 

 発育過程にある若年だけに発露したそれは、今までになかった力だった。車を片手で持ち上げ、心臓を撃たれても死なず、病気にもならない。そして、空を飛ぶ。

 

 それだけならどんなに良かったことか。しかし、現実は冷酷だ。彼らは超人的な力を手に入れた代わりに凶暴性が異常に増し殺人マシンになった――いや。進化できなかった旧人類だけを抹殺し始めた。彼らにとって唯一の危険因子と言える劣等遺伝子を根絶するためだろうか。

 

 まるで中学二年生辺りが考えたような陳腐な話だが、しかしそれがいま、目前に迫って来ている。

 

 幼さの抜けない丸い輪郭に、この世で一番美しい微笑みを乗せるそれは、赤く燃え上がる空から降ってきた。

 

「お父さん、お母さん。ただいま」

 

「こンの、家出娘がぁああああああああああああああああああ!!!」


 アフタマート・カラーシュニカヴァ・アブラスツァー・トィースャヂ・ヂヴィチソート・ソーラク・スィヂモーヴァ・ゴーダ、つまりAK-47(III型)が火を吹いた。


 1946年、MP44やウィンチェスターM1カービンからヒントを得たというロシア人の銃器設計者ミハイール・チマフィェーヴィチュ・カラーシュニカフを筆頭に開発が行われた全長870mm重量4.300gある突撃銃の口径7,62mm x 39からガス圧作動式で放たれるロシアンショート弾の装弾数30発を銃口初速730m/sでフルオート射撃により僅か3.2秒程で吐き尽くした。


 ふと我に返ると、空から降ってきたはずの少女はもうそこになく、血塗れの肉塊が転がっているだけだった。


「いったーい!? お父さん、ひどいっ!」


 肉塊から抗議の悲鳴があがった。どうやらまだ生きているようだ。


「なんてことするのよ、あなたって人は!」


「うるせー、前言撤回だ。勝手に出て今更のこのこ帰って来るクソガキなんざ俺の娘じゃねぇ」


 俺は懐からマルメラ、つまりマールボロ・メンソール・ライトを取り出し、おもむろに口に咥え火を付けてマールボロならではのまろやかな味と香りをもつ、軽快で爽やかな吸い心地のメンソールたばこを堪能する。


「これは俺の独り言だ・・・・・・人生ってのは――長い。いや、長いようで短い。まあ、短いようで長いんだ・・・・・・」


「お、お父さんっ・・・・・・!」


「あなた・・・・・・!」


 俺の独白に二人も感動したようだ。


 肉塊がプルプル震え、妻がティッシュで鼻をかんだ。


「女の子ってのは空から降ってくるもんじゃァないッ・・・・・・忘れるなッ」「うん!」「ええ!」


 その瞬間、俺と妻と娘の精神が共鳴振動(シンクロ・ウェーブ)を起こし、マルメラが光り輝く!


 俺の肉体がライナック(linac - Linear Accelerator)として機能しマルメラに詰まった負イオン源、つまり水素の原子核である陽子(Proton)が励起状態となり、圧力に拠って加速された荷電粒子線が俺の尻から放出、背後に突っ立っていた妻の鼻の穴に注入される! その目も眩むような凄まじい臭さにより吹き飛ばされることも許されず、妻は光速の75%程の速さで約8万回もその場で自転、シンクロトロンの役割を果たす。妻が堪らず吐いた7TeV(テラエレクトロンボルト)まで加速した陽子ビームが娘へと殺到。慌てて起き上がった娘は涙目を浮かべながら鉄拳で打ち返そうとする。バンチならぬパンチ。その威力は1.12152352x10のマイナス6乗ジュール!


 2.24304705x10のマイナス6乗ジュールというエネルギーの衝突。


 その結果――E=mc(-2)の式から逆算し2.4x10のマイナス23乗kgの質量を持つ、極小のブラックホールが生み出され、ホーキング放射によって一瞬にして蒸発。そう、カルツァ=クライン理論(Kaluza-Klein theory)、超弦理論(superstring theory)に裏付けられる余剰次元、つまり膜宇宙(ブレーンワールド)が証明された瞬間だった。


「ふ、ふふふ」


「あははは」


「ほほほほ」


 ぼろ雑巾のようになった俺たち。お互いの無様な格好を見て笑い合った。


「あ、見て!」


「雪?」


「いや、あれは・・・・・・」


 見上げるといつの間にか夜になっていて、真っ黒な暗黒物質(ダークマター)の間を縫いながら、ひらりひらりと光り輝く何かが舞い落ちるように降って来た。


「美しい」


 それはヒッグス粒子――人類の追い求める、宇宙で一番美しい女の子だった。




降臨賞に投稿してみた。

結果、落選。

悔しいのでモーレツに加筆してみた。


降臨賞

http://q.hatena.ne.jp/1231366704

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