72:クリスマスの語らい
イルミネーションが街を彩るようになった頃。この日はクリスマスだけれども雨模様で、あまりお客さんはやってこなかった。
この様子だと早めの店じまいかなと、いつもの籐の椅子に座ったまま、とわ骨董店の店主の林檎はぼんやりと考える。
窓の外は薄暗く、雨粒がぽつぽつと音を立てている。暖かい店内で、古物に囲まれて雨の音を聞くのも悪くはない。そう思いながら目を閉じると、店の入り口が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
反射的にそう返し入ってきたお客さんを見ると、幾何学模様の傘を畳みながらはにかんでこう言った。
「林檎さん、お久しぶりです」
「あら、まつひさんお久しぶりです」
しばらく前に地元に戻ったというまつひが、こんな日に訪れてくるなんて。嬉しく思いながら、林檎は声を掛ける。
「今日はどんなものをお探しなのかしら。
それとも、おしゃべりに来たのかしら?」
その言葉に、まつひは手に持っていた把手付きの紙箱を林檎に差し出して言う。
「えへへ、今日はちょっとおしゃべりに。
それで、ショートケーキを買ってきたんです。よかったら召し上がって下さい」
「まぁ、ありがとう。
それじゃあ椅子とお茶を用意しますね」
紙箱を受け取った林檎は、紙箱をレジカウンターの上に置きバックヤードへ入ろうとする。すると、まつひがこう声を掛けた。
「あの、よかったらお隣の真利さんも一緒にいかがですか?
ケーキはみっつ買って来たので」
「そうですか? それじゃあ、倚子を用意してから呼びに行きますね」
真利も呼ぶならと、林檎は丸い座面のスツールをふたつバックヤードから運び出し、レジカウンターの側に並べる。そのうちにひとつをまつひに勧め、座ったのを確認してから店の扉を開けた。
雨が降っているので急いで隣の扉を開け、中に声を掛ける。
「真利さん、今お暇かしら?」
「はい。こんな日ですからお客さんも来なくて」
「それなら、ちょっとうちに来てお茶でもいかが?
まつひさんがいらっしゃってて、真利さんも一緒にケーキでもいかがって」
その言葉を聞いて、真利は嬉しそうに微笑む。
「まつひさんがいらしているんですか。
お招きとあれば、お邪魔させていただきますか」
真利はそう言って、いつも座っている赤い布張りの椅子から立ち上がり、林檎の元へ来る。それから、ふたり揃ってとわ骨董店の方へと移動した。
「あ、お久しぶりです」
中に入ると、スツールに座っていたまつひが嬉しそうな顔で手を振っている。
「お久しぶりです。本日はお招きありがとうございます」
林檎は真利にもスツールを勧め、お茶とケーキの用意をする。
レジカウンターの奥にある棚からガラスのティーポットと白黒が印象的な唐津焼のカップ、白地に青い線がきれいな有田焼のカップ、縁が白い萩焼のカップ、それに花の文様が鮮やかな九谷焼のお皿を三枚取りだし、レジカウンターの上に並べる。
続いて棚の中から金色の紅茶缶を取りだし、中の茶葉をティーポットに入れお湯を注いだ。
お茶を蒸らしている間に、ケーキの用意だ。箱を開けてみると中に入っているのはみっつのショートケーキ。それをひとつずつお皿の上に置き、銀色のフォークを添え、まつひと真利に手渡した。
そうしている内に蒸らされたお茶をカップに注いでいく。すこし燻された感じがするけれども華やかな香りだ。
「お待たせしました」
そう言って、有田焼のカップをまつひに、唐津焼のカップを真利に手渡し、林檎もお皿と萩焼のカップを持っていつもの籐の椅子に腰掛けた。
「まつひさんは、近頃いかがですか?」
林檎がそう問いかけると、まつひはにこにこしながら答える。
「今の仕事は大変ですけれど、好きな仕事ですし、こうやって休みを取ってここにも来られますし、満足していますよ」
それを聞いて、お茶で口を湿らせた真利が口を開く。
「林檎さんのところだけでなく、僕の所にも来て下さって。ありがたいです」
照れたように笑うまつひと、それを見て微笑む林檎と真利。ふと、まつひが意を決したようにこう言った。
「そう言えば、記念に林檎さんと真利さんの写真を撮りたいんですけど、いいですか?」
それを聞いて林檎は驚く。真利の方を見て見ると、やはり同様に驚いているようだった。
まつひは驚きを察しているようで、更に言葉を続ける。
「あの、インターネットに載せたりはしないので。なんだろ、ずっとお世話になってるから、個人的に記念を残しておきたくて」
一生懸命なその訴えに、林檎はついくすくすと笑ってしまう。
「そうなの? それなら私は構わないけど、真利さんはどう?」
真利も、照れくさそうにしながら言う。
「僕も構いませんよ。まつひさんがどんな風に撮るのか、気になりますしね」
ふたりの返事を聞いて、まつひはにっこりと笑う。
「それじゃあ、ケーキを食べ終わったらふたりで並んで撮らせて貰って良いですか?」
「良いですよ。あ、でも、できれば座った状態の方が良いかも」
何故座ったままの方が良いのか疑問に思ったのだろう、まつひはきょとんとする。
「なんでです?」
「私と真利さん身長差が開きすぎてて」
「あっ……確かに……」
まつひが林檎と真利を交互に見て、妙に納得した顔をするので、林檎はまた笑いを零してしまう。
どんな写真にしたいのか、そんな話をしながら、雨のクリスマスは過ぎていくのだった。




