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とわ骨董店  作者: 藤和
2009年
71/75

71:あまいどら焼き

 吹く風も冷たくなり、だいぶ肌寒くなってきた頃。とわ骨董店では空調を効かせて室内を暖め、いつもの椅子に座った林檎は体を温めようと温かいお茶を飲んでいた。桃の香りの緑茶は、気温が低いとつい強張りがちな体をほぐしてくれるようだった。

 ゆったりとお茶を楽しんでいると、なにやら外から賑やかな子供の声が聞こえてきた。近所の子供という感じではないので、もしかしたら。と思っていると、店の入り口が開いて、男性の声が飛んできた。


「どうも、林檎さん久しぶり」

「あら、やっぱり悟さん達だったのね。

シオンさんも美春さんもお久しぶりです」


 悟に続いて、シオンと、その足下について美春も店内に入ってきた。


「お久しぶりです林檎さん。

ほら、美春もご挨拶して」


 シオンが優しく美春を林檎の方に向けると、美春は元気な声で挨拶をする。


「おばさんこんにちは!」

「うふふ、こんにちは。美春さんもまた大きくなったわね」


 大きくなったと言われて嬉しいのか、美春は声を上げて飛び跳ね、自慢げな顔でシオンと悟を見上げる。それから、また林檎の方を向いてこう言った。


「おおきくなったらおうじさまのおよめさんになるの!」


 突然どうしたんだろうと思いながらも微笑ましく美春の話を聞いていると、どうやら今日は王子様に会いに来たらしい。


「あらあら、王子様に会うのが楽しみね」

「うん!」


 王子様とは真利のことだろうと察し、美春とすこし話をしてから、林檎は顔を上げて悟とシオンに声を掛ける。


「美春さんも楽しみにしていますし、真利さんのところを先に見てもよかったのに」


 その言葉に、悟は苦笑いをして返す。


「いやぁ、この様子だと長くなりそうだったから、先にこっちをって思ってさ」

「そうなのですね、ありがとうございます」


 わざわざ気を遣ってくれたのかとつい嬉しくなる。その気持ちのまま、林檎は思わずこう口にした。


「そう言えば、どら焼きがあるんですよ。よかったら真利さんのところを見た後にでもいかがです?」

「よろしいんですか? それじゃあ、また後でいただきます」


 シオンがにこにこしながらそう答えると、足下にいた美春がきょとんとした顔でシオンを見上げる。


「どらやきあとでなの?」

「うん。王子様に会った後に食べましょうね」

「いまたべるー」


 どうやら、子供心にお菓子の方を優先させたいようだ。その様子を見て困った顔をしてしまったシオンに、林檎が申し訳なさそうに言う。


すいません、急にどら焼きなんて言ってしまって……」

「いえ、こちらこそ。美春、ね? あとでね」


 なんとか言い聞かせようとシオンは美春のことを抱え上げるが、その腕の中で美春はじたばたと声を上げる。


「どらやきたべるー! いまたべるー!」


 これは言っても聞かないなと思ったのか、シオンが美春をあやしながら林檎に言う。


「すいません、先にどら焼きをいただいてもいいでしょうか?」


 その姿を見て、林檎は答える。


「勿論、構いませんよ。

それでは椅子の準備をしてきますね」


 そそくさとバックヤードに入ろうとした林檎を引き留めるように、悟が声を掛ける。


「あ、林檎さん。俺は先に真利さんの所行ってるんで、三人でどら焼き食べててください」

「あ、かしこまりました」


 悟はシオンと美春にも声を掛けてから、店の外に出る。それを見送ってから、林檎はバックヤードに入り丸い座面のスツールをふたつ運び出し、レジカウンターの側に並べる。シオンにはスツールを、美春にはいつも使っている籐の椅子の方を勧めた。


「お姫様はこちらの椅子へどうぞ」

「はーい」


 ちゃんと待っていればどら焼きが出てくると信じて疑っていないのだろう、美春は大人しく籐の椅子に座る。

 ふたりが座ったのを確認してから、林檎はレジカウンターの奥にある棚から茶色のグラデーションがきれいな備前焼のカップ、金彩と色彩が鮮やかなベンジャロン焼きのカップ、白い縁の付いた萩焼のカップを取りだして並べ、すでにレジカウンターの上に乗っていたガラスのティーポットの中身を見る。なんとか三杯分お茶があるので、そのままお茶を注いぐ。ベンジャロン焼きのカップだけ、少なめにした。


「美春さん、甘いお茶はいかがですか?」


 その言葉に美春は顔を上げる。林檎は棚から出した薔薇の乗った角砂糖を美春に見せる。


「このお砂糖を何個入れたいですか?」

「いっぱい!」


 こう言った砂糖を見るのは初めてなのだろう、期待に満ちた顔で美春が見ている。

 しかし、いっぱいと言っても具体的にいくつだろう。そう思ってシオンの方を見ると、シオンは黙って指を三本立てて林檎に見せる。それを確認して、角砂糖を三個、ベンジャロン焼きのカップに入れてスプーンでよくかき混ぜた。


「まずはお茶をどうぞ」


 林檎はそう言って、ベンジャロン焼きのカップを美春に、備前焼のカップをシオンに手渡す。

 ふたりがお茶を飲んでいる間に、林檎は棚から九谷焼のお皿を三枚と、薄い紙にくるまれたどら焼きをみっつ取り出す。この紙をカップを持ったまま剥くのは難しいので、あらかじめ剥いて皿の上に乗せる。


「お待たせしました。どら焼きですよ」

「どらやき!」


 一枚を美春の膝の上に乗せ、もう一枚をシオンに手渡す。それから、林檎は自分の分のカップとどら焼きを持ってスツールに腰掛けた。

 ふと、美春が林檎を見上げてこう言った。


「おうじさまはおとなりからこないの?」


 それを聞いて、林檎とシオンはくすくすと笑う。


「自分のお店を守らなきゃいけないからね」


 そうは言っても、度々この店でお茶をしているというのを知ったら美春はなんと言うだろう。

 なにはともあれ今はお茶とどら焼きを食べたいようだから、ゆっくり味わって貰おうと、林檎もお茶に口を付けた。

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