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とわ骨董店  作者: 藤和
2009年
62/75

62:小物探し

 寒さが極まり、蝋梅が芳しい香りを放つ頃。この日は一段と寒く、とわ骨董店では強めに暖房を入れて、店主の林檎は熱いお茶を淹れたカップで手先を温めていた。

 店内には、ほのかなお茶の香りと、花の香りが漂っている。レジカウンターの上には、陶器の花瓶に生けられた蝋梅が置かれていた。蝋梅の香りも好きだけれど、楽しめるのはこの時期だけだから。林檎はそう思いながらお茶に口を付ける。

 ゆったりとした時間を過ごしていると、店の入り口がそっと開いた。


「いらっしゃいませ」


 挨拶を投げかけると、そこから入ってきたのはベージュのトレンチコートを着てボディバッグを付けた、黄緑色の髪の男性。彼が林檎に話し掛ける。


「どうも林檎さん。お久しぶりです」


 そろそろ馴染みになってきた彼に、林檎は笑顔を返す。


「お久しぶりです正さん」


 店の扉を閉めて、暖かい空気で体を温めようとしているのか、正はその場ですこし体を揺らす。そんな彼に、先日の事を思い出しながら林檎はこう訊ねた。


「ところで、先日の鍵のネックレス、喜んでいただけたようでしたか?」


 その問いに、正はすこし困ったように笑ってこう答えた。


「喜んではくれたんですけど、その後フラれちゃいました」


 これは訊かない方が良い話題だったようだ。思わず林檎は気まずい思いをしたが、正は特にそれを気にする様子も無く、店の中の棚を見ている。

 いつも気にするつまみ細工の簪やブローチ、翡翠のネックレスや指輪や腕輪、銀化した硝子瓶に、色鮮やかな陶器の破片。鉱物などもじっくりと見ていた正が、ふと林檎にこう訊ねた。


「実は、今日は人形と一緒に飾るのに良さそうな小物探しに来たんですけど、お勧めってありますか?」

「人形と、ですか?」


 突然出てきた人形という言葉に、林檎は思わず驚く。今までその様な話は聞いたことがなかったし、男性が人形を持っていると言うこと自体が意外だったのだ。

 林檎のその様子に気づいているのかいないのか、正はボディバッグから何かを取り出して林檎に見せた。


「こう言う人形なんですけど」


 見せられたのは、緑色で、スリムな体に円盤形の頭を乗せたカエルの人形。想像していた物とだいぶ違う人形の姿を見て、なるほど、こんなスタイリッシュな人形なら、男女問わずに欲しくなってもおかしくないなと、林檎は納得する。


「なんだかおしゃれなお人形ですね。

その感じだと、銀化ガラスと並べてすてきかなって思いますし、後それ以外だと……」


 手に持っていたカップをレジカウンターの上に置き、林檎は椅子から立ち上がって、店内の棚を指さしていく。

 林檎がカエルの人形に添えるのに勧めたのは、銀化ガラスと鉄製の小さなやかん、木に彫り込みを入れたお菓子の型、赤い線で絵付けされた小さな陶器のお猪口だ。

 正は子供のような表情で、林檎のお勧めを見ては隣にカエルの人形を添えて様子を見ている。それから、棚の前で大いに悩んでいる様子だった。

 そして、悩んだ末に選んだのは陶器のお猪口。これなら、飾るだけではなくてお酒を飲むときに気まぐれに使う事もできるだろうと言うことだった。


「それじゃ、これお願いします」

「はい、ありがとうございます」


 お猪口を受け取った林檎は、金額を電卓に打ち込んで正に提示し、レジカウンターの引き出しから出した緩衝材で丁寧にお猪口を包む。それから、クラフト紙でできた袋の中に入れてテープで口を留める。それを紺色の紙袋に入れて、唐草模様のシールで封をした。

 お会計も済ませ、紙袋を正に渡したところで、こう声を掛けた。


「外は寒いでしょう。熱いお茶でもいかがですか?」


 その言葉に、正はにこにことして答える。


「へへへ、それもちょっと期待してたんで、ありがたくいただきます」

「うふふ、やっぱり。

それでは、少々お待ちください」


 林檎はそそくさとお茶を淹れていた急須を持ってバックヤードへ入り、それを台所に置いた後に、丸い差面のスツールをひとつ運び出して正に勧める。レジカウンターの奥にある棚からガラスのティーポットと花の文様が鮮やかな九谷焼のカップを取り出してレジカウンターの上に乗せてから、棚と向かい合ってどのお茶を淹れようかと思いを馳せる。

 選んだのは、矢車草の入った華やかな紅茶。その茶葉をティーポットに入れお湯を注ぐと、すこし渋い華やかな香りが立った。

 お茶を蒸らしている間に、正に訊ねる。


「ところで、先程のお人形の写真を撮ったりはするんですか?」


 その問いに、正は嬉しそうに答える。


「撮れたら良いなとは思うんですけど、俺、カメラとか持ってなくて、それでなんか、なんというか、ちゃんとした写真は撮れてなくて」

「あら、そうなんですね」


 最近は、スマートフォンのカメラでも十分きれいな写真が撮れるのだけれども、やはりこだわりがあるのだろうかと林檎は思う。確かに、愛着のある物なのならば、しっかりとした機材で写真を残したいというのは、確かにわかる。

 正はこれから、本格的にカメラを買ったりするのだろうか。そんな事を考えながら、蒸らし終わったお茶をカップに注ぐ。九谷焼のカップを正に渡し、萩焼のカップを持っていつもの籐の椅子に座る。


「スマホでは写真を撮ったりしないんですか?」


 林檎がなんとなく思ったことを訊ねると、正は難しい顔をする。


「何枚か……と言うか、結構撮ってるんですけど、なかなかうまい写真にならないんですよね。かわいい人形だから、かわいい写真を残したいって思うんですけど、難しくて」

「なるほど」


 それからしばらく写真の話をして、人形の話をして。

 夢中になれる物に出会えるというのは良いことだなと、林檎は思った。

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