61:宝石を食む
新年も明け、ますます寒くなってきたある日。この日は時に冷え込んでいて、とわ骨董店の店主の林檎は、時折熱いお茶を淹れて飲み、体を温めていた。
ひどく寒いせいか、今日はあまりお客さんが来ない。
元々、そんなにお客さんが多い店というわけではないけれども、それでもひとりでいる時間が長くなると、退屈になってしまう物なのだ。
ふと、入り口から冷気が入ってきた。お客さんかと思って顔を上げると、入り口から真利が覗き込んでいた。
「こんにちは。今お暇ですか?」
「そうなの。なかなかお客さんが来なくてねー。
真利さんも暇なの?」
「お察しの通りです」
お邪魔します。と言って店内に入ってきた真利は、手に持っていた透明な袋に入ったお菓子と、反対のてのひらに持っていた小瓶を林檎に見せてこう言った。
「ローズオイルと琥珀糖をお客さんからいただいたので、一緒にどうですか?」
「そういうことなのね。
オイルがあるとなると、アロマポットが必要よね? うちで焚きましょうか?」
そう言って、レジカウンターの中に入る林檎に、真利が言う。
「このローズオイルは、お茶とかに入れても良いですよ」
「ローズオイルをお茶に?
もしかしてアブソリュートじゃないの?」
「オットーだそうです」
「なるほど」
真利の話を聞いて、林檎はすこし考える。それから、とりあえずバックヤードから丸い座面のスツールをひとつ運び出して、真利に勧めた。
レジカウンターの奥の棚から、ガラスのティーポットと白と黒が印象的な唐津焼のカップ、縁が白い萩焼のカップを取りだして並べる。そこで一旦真利に訊ねた。
「お茶にローズオイル入れるとなると、どんなお茶がいい?」
真利はすこし考える素振りを見せて答える。
「そうですね、うちではホットワインに入れたりしましたけど、アッサムなんかなんかが良いんじゃないでしょうか」
「かしこまりっ」
茶葉の指定を貰ったところで、林檎は棚から紅茶缶を取りだして、ガラスのティーポットに入れる。そこにお湯を注いだところで真利から小瓶を受け取り、中のオイルを一滴、ぽとりと落とした。
甘い香りが広がって、その香りを楽しんでいたかったけれども、蒸らすために蓋を閉める。それから、ちらりと真利の持っている琥珀糖に目をやった。
それに気づいた真利が、いたずらっぽく笑って琥珀糖を林檎に差し出す。
「これはこのまま食べても美味しいですけど、お茶に入れても美味しいんですよ」
それを聞いて、林檎もくすりと笑う。
「なるほどね。琥珀糖を熱いお茶に入れて食べるなんて、粋じゃないの」
琥珀糖を受け取った林檎は、袋の中から出した琥珀糖をひとかけずつ、それぞれのカップに入れる。そうしている内に蒸らし終わった紅茶をカップに注ぐとアッサムの華やかな香りと、薔薇の甘い香りが立ち上った。
林檎は棚の引き出しから銀色のスプーンを出して、カップに添える。唐津焼のカップを真利に渡し、萩焼のカップを持って、いつもの籐の椅子に座った。
「……いい香りですね」
真利が香りを聞いて、カップの中をスプーンで混ぜる。林檎も、紅茶をスプーンでかき混ぜてから、そっと口を付ける。ほのかに甘みが付いていた。
「宝石みたいな琥珀糖に薔薇の香りのお茶なんて、まるでおとぎ話ね」
「ふふっ、そうですね」
ふたりで静かに琥珀糖と紅茶を楽しんで。二杯目を入れるかという頃合いで、林檎が真利に訊ねた。
「ところで、この琥珀糖とローズオイルはどなたからいただいたの?」
その問いに、真利は琥珀糖を食べてから答える。
「琥珀糖は、先日恵さんからいただきました。
ローズオットーの方は、実は、去年ハルさんからいただいた物なので、だいぶ前の物なのですが」
「そうなのね。それにしても、ハルさんは随分と思い切った物を持って来ちゃって」
薔薇のオイルは、あまりアロマオイルに詳しく無い林檎でも知っているくらい、希少で高価な物だ。そんな物を持ってくるなんて、真利はそれほどハルに気に入られているのだろうかと思った。
すると、真利はこう説明した。
「なんでも、色々と訳あって薔薇の花が大量に手元に来てしまって、丁度イライラしていたというのもあり、その薔薇の花を全部蒸留器にかけたのだとか」
「蒸留器」
「なんというか、あの方ストレスの発散の仕方が生産的なんですよね……」
「わかる……
私もストレス発散で作られたかぼちゃパイ食べたことあるもの……」
いつもは人当たりが良く、にこやかにしているハルがイライラするという事自体があまり想像出来ないのだけれども、誰だってそう言う事はあるだろうと林檎は納得する。
ふと、自分と真利のカップが空になっていることに気づいた林檎が言う。
「真利さん、もう一杯いかが?」
「あ、いただきます」
「すこし渋くなってると思うから、また琥珀糖を入れたら美味しいと思うけど」
「そうですね、琥珀糖もお願いします」
カップを受け取って、林檎はまたふたつのカップに琥珀糖をひとかけずつ入れ、色の濃くなった紅茶を注ぐ。
おとぎ話のようなお茶会は、もう少しだけ続くのだ。




