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とわ骨董店  作者: 藤和
2008年
59/75

59:お宮参りの後に

 外の空気もだいぶ冷え込むようになり、温かいお茶が恋しくなるようになった頃。その日もとわ骨董店の店主の林檎は、いつもの籐の椅子に座ってお茶を飲んでいた。

 隣のシムヌテイ骨董店からは、賑やかな声がうっすらと聞こえてくる。子供の声も混じっているので、きっと常連客の悟とシオンが、娘の美春を連れてやって来たのだろうなと言うことを察する。

 随分とはしゃいでいるようだけれどと、聞こえてくる声に耳を傾けて微笑ましく思う。

 去年以来、美春には会っていないけれどもどれくらい大きくなっただろうか。子供の成長は早いというけれども、子供を持っていない林檎には想像が付かなかった。

 ぼんやりとそんな事を考えながらお茶を飲んでいると、カップが空になる。急須ももう空なので、次はどんなお茶を入れようか、思いを巡らせながら急須を持ってバックヤードへと入った。バックヤードの台所で急須の中の茶葉を捨て、軽くすすいでしっかりとキッチンペーパーで拭く。それから店内に戻ると、丁度お客さんが入って来たところだった。


「よっ、林檎さん久しぶり」

「あら、お久しぶりです。やっぱり悟さん達がいらしてたのね。

シオンさんも美春さんもお久しぶりです」


 声を掛けてきた悟と、一緒にいるシオンと美春にも挨拶をすると、美春も手を上げて元気よく返事を返してきた。


「こんにちは!」

「はい、こんにちは。美春さんも、随分大きくなったわね」


 くすくすと笑って林檎がそう言うと、美春はぴょんぴょんと飛び跳ねてシオンに話し掛ける。


「まま、わたしおおきくなったって!」

「うん、大きくなったもの。

すいません林檎さん、騒がしくしちゃって」


 申し訳なさそうにするシオンに、林檎は手を振る。


「いえいえ、子供は元気なのが一番ですよ。

でも、お店の物は大事にしてくださいね」


 シオンにフォローを入れながら、美春にそう言い聞かせると、美春は頷いて、店の中の物を見始めた。

 どうやら美春には珍しい物が沢山あるようで、あれこれと指し示しながらシオンと一緒に眺めている。棚の横に置かれた仏像を見たときなどは、それを指さしてこれを家に置きたいと悟にねだり、家にはもう大きい仏様がいるだろうと、宥められたりもしていた。

 ふくれっ面をする美春に、林檎が木で彫られた型の横に座らせていた布の人形を手に取って見せる。


「こっちのお人形はどうですか?」


 この人形は、この店の常連でよく古布を買っていく人形作家の作品だ。中にはしっかりと綿が詰められ手触りも良く、着せられている服も、和柄ながらも可愛らしいドレスに仕立てられている。

 その人形を手に取り、美春はじっと見つめる。それから、シオンと悟に見せてこう言った。


「まま、ぱぱ、これほしい」


 その言葉に、悟はすこし困ったような顔をする。


「うーん、そのお人形が欲しいのかぁ」

「これじゃなかったらそのほとけさまがいい」

「おっ、そう来たか」


 苦笑いをする悟を見て、シオンは林檎に人形の値段を訊ねる。林檎はすぐさまにレジカウンターの上から電卓を手に取り、金額を打ち込んで提示した。

 それを見てシオンは、人差し指と親指で輪を作って悟に見せる。それを見て、悟は美春の頭を撫でる。


「よし、お母さんが良いって言ってるから買っちゃおうか!」

「やったー!」


 なるほど、財布の紐を握っているのはシオンの方なのかと思いながら、林檎はシオンをレジカウンターに通す。それから会計をして、あの人形を袋で包むかと訊ねると、美春がこのまま持っていきたいというので、そのままにしておく事にした。

 嬉しそうにしている美春を見ながら、林檎はシオンと悟に訊ねる。


「ところで、温かいお茶でもいかがですか?

多分、真利さんのところでも召し上がってきたと思いますけど」


 すると、シオンと悟が顔を見合わせてからこう言った。


「折角のお誘いですし、いただいていきます」

「真利さんのところでもいっぱい喋って、喉が渇いちゃったんで」

「あらあら。それじゃあ椅子をご用意しますね」


 林檎はすぐさまにバックヤードへと入り、丸い座面のスツールをみっつ運び出す。それをレジカウンターの側に並べ、シオンと悟に勧める。美春にもこのスツールに座って貰おうと思ったが、スツールだと姿勢が安定しないかも知れない。そう判断した林檎は、美春に籐の椅子を勧める。


「美春さんはこちらへどうぞ。お姫様用の椅子ですよ」


 林檎のその言葉に、シオンがくすくすと笑う。


「またお姫様って言われちゃったわね」


 それを聞いた林檎がシオンに訊ねる。


「もしかして、真利さんの所でもお姫様になってたんですか?」

「そうなんです。今日はお宮参りでおしゃれもしてるし、お姫様扱いされるしでご機嫌なんですよ」


 ふたりのやりとりを聞いていたのだろう。美春が自慢げに口を開く。


「おうじさまにおちゃももらった!」

「王子様?」


 一瞬誰のことだろうと思った林檎だけれども、消去法で考えて、きっと真利のことだろうと思い至る。それから、美春にこう訊ねる。


「美春さん、王子様からお菓子は貰いましたか?」


 林檎の言葉に、美春はきょとんとした顔をして、しみじみと答える。


「もらってないねぇ」


 その言葉にしっかりと頷いてから、林檎はレジカウンターの奥の棚からパイナップルケーキの袋と、薔薇の形の砂糖を取り出して美春に見せる。


「それじゃあ、こちらでおやつをお召し上がりください。お姫様」


 パイナップルケーキがどんなものなのかがわからないながらも、お菓子だというのは直感的にわかったのだろう。はしゃぎ声を上げる美春と、その様子を見ているシオンと悟。

 一応、シオンの方にパイナップルケーキを見せ、美春に食べさせて良いかどうか視線で訊ねると、シオンが小さく頷いた。

 それならば、まずはパイナップルケーキの用意をしようと、お皿を四枚出して、林檎はバックヤードに入っていく。

 店内から聞こえる美春と、シオンと悟の声を聞いて、やはり仲の良い家族なのだなと林檎は思う。

 家庭を築くと言うのは、一体どの様なことなのだろう。恋人もいたことがない林檎には、想像も付かなかった。

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