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とわ骨董店  作者: 藤和
2008年
58/75

58:小春日和のこと

 すっかり秋らしくなり、過ごしやすくなった頃。この日は小春日和で、ついうっかり眠くなってしまいそうな、そんな気温だった。

 とわ骨董店の店主の林檎は、眠気を堪えつつ、スマートフォンで本日の営業時間などをSNSに流し、それが済んでからはぼんやりと店内を眺めていた。

 しばらく仕入れには行っていないけれども、バックヤードに蓄えていた品物をちょくちょく表に補填しているので、一見すると品揃えがだいぶ変わったように見える。

 それでもそろそろ仕入れに行くかなと考えながら、同時に、今日は休日だからお客さんがたくさん来てくれたら良いなと言う思いも浮かぶ。

 そんなふうにしていると、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 目をぎゅっと瞑ってから開き挨拶をすると、入ってきたのは見知った背の高い男性だった。


「どうも、お久しぶりです林檎さん」


 そう挨拶をした男性は手に持っていた把手付きの紙袋を林檎に見せる。


「あら清さん、お久しぶりです。

もしかしてその紙箱は、お土産ですか?」


 いたずらっぽくそう林檎が訊ねると、清は微笑んで紙箱を林檎に手渡した。


「はい。後輩が美味しいと言っていたお店のプリンなんです。よろしければどうぞ」

「わざわざありがとうございます。

折角ですし、清さんも一緒に召し上がって行きませんか?」


 紙箱を受け取った林檎がそう言うと、清はもじもじした様子を見せてこう答えた。


「はい、お言葉に甘えて。

それで、もしご都合が付けばなのですが、お隣さんも一緒にどうですか?」


 まさか、清が真利を誘ってお茶をしたいと言うとは思っていなかったので林檎は驚いたが、人数は多い方が食べていて楽しいだろうと、こう返した。


「そうですね、ちょっと様子を見て声を掛けてきますので少々お待ちください」


 林檎は清から受け取った紙箱をレジカウンターの上に置き、一旦お辞儀をしてから店を出る。それから、隣のシムヌテイ骨董店の扉をそっと開け、お客さんがいないことを確認してから、店の中にある椅子に腰掛けてうとうとしている真利に声を掛けた。


「真利さん、お客さんが差し入れ持ってきてくださったんだけど、一緒にお茶でもどう?」


 その声にはっとした真利は、慌てて顔を上げて立ち上がる。


「僕もご一緒していいんですか?」

「うん。一緒にどうですかって」

「それなら、ありがたくご一緒させていただきましょう」


 短いやりとりをして、真利も店の中から出てくる。店の扉を閉めた後、『OPEN』と書かれた札をひっくり返している。

 林檎がとわ骨董店に戻ると、真利も続いて入ってきて扉を閉める。


「ああ、これは。えーと……」


 中で待っていた清を見て、真利は何かを思い出そうと人差し指を立てて視線を彷徨わせている。もしかしたら、清がシムヌテイ骨董店に行ったことは何度かあっても名乗っていないのだろうな。と思った林檎は、清にこう訊ねた。


「えっと、ご紹介してもよろしいですか?」

「はい、かまいませんよ。

……あ、そう言えば私もお隣さんのお名前、存じ上げなくて……」


 言われて、林檎は真利の方を見る。


「何度かお店にはいらしているのですが、そう言えばお名前を伺ったことがないなって……」

「ああ、やっぱり……」


 ふたりとも面識があることを確認したところで、林檎がそれぞれを手で指して紹介をする。


「えっと、そちらが本日差し入れのプリンを持ってきてくださった清さんです。

それで、こちらが隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利さんです」


 林檎の紹介を受けて、ふたりは軽く頭を下げる。


「こんにちは。ただいまご紹介にあずかりました清です」

「こちらこそこんにちは。隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利です。

今まで何度か足を運んでいただいていたのに、まさか名前を伺っていないとは思っていませんでした」

「はい。私もまさか名乗っていないとは思っていませんでした」


 そのやりとりを聞いて、さてはこのふたり似てるな。と林檎は思ったけれども、それを表に出さないままに、バックヤードから丸い座面のスツールをふたつ運び出し、レジカウンターの側に置いてふたりに勧める。ふたりがかけたのを確認してから、まずはレジカウンターの奥の棚から九谷焼のお皿を三枚取りだし、紙箱の中からプリンを取りだしてそれぞれひとつずつ上に乗せ、銀色のスプーンを添えて清と真利に手渡した。

 そして今度は棚の中からガラスのティーポットと美濃焼きのカップと唐津焼のカップ、それと萩焼のカップを取りだしてレジカウンターの上に並べる。最後に棚から取り出したのは、茶葉の入った銀色の袋。その中からティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。すぐさまにお湯が緑色に染まり、林檎は手に持ったティーポットをくるりと揺らして、カップにお茶を注いでいく。


「お待たせしました」


 美濃焼きのカップを清に、唐津焼のカップを真利に渡し、林檎もお皿と萩焼のカップを持っていつもの籐の椅子に腰掛けた。

 三人でいただきますをして、まず口を開いたのは真利だった。


「そう言えば、何度かうちの店にもいらしていますけれど、何か気になる物とかございますか?」


 すると、清はすこしだけ視線を落としてこう答えた。


「数年前に兄さんから貰ったメダイがあるのですけれど、それを買ったのが真利さんの店なんだそうです。

それで、どんなお店なのかなと思って覗いていたんです」

「ああ、なるほど……」


 清の話に、どうやら真利は合点がいったようだ。林檎も、確か、清の兄は数年前に修道院に入ったと聞いたのを思い出す。

 すこしの間沈黙が降りて、それから、林檎が訊ねた。


「お兄さんと会えなくて、寂しいですか?」


 その問いに、清は以前見せた悲しげな表情とは打って変わって、照れたような笑顔を見せてこう言った。


「寂しいですけれど、もう慣れました」


 これは本心なのだろうか。その見極めは林檎には付かなかったけれど、清はこう言葉を続けた。


「それに、寂しがってばかりだと、兄さんも心配すると思うので」


 お茶を飲みながら、自分に言い聞かせるようにしている清を見て、つらいことを乗り越えるためにここでひと休みしていけるのなら、応援したいなと林檎は思った。

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