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とわ骨董店  作者: 藤和
2008年
55/75

55:変わるもの

 すっかり夏らしくなり、眩しい日差しが降り注ぐ日。この日は湿度も低く、暑いけれどもいくらか過ごしやすかった。

 空調の効いた店内で、林檎はいつも通り籐の椅子に座り、冷たいお茶を飲んでいた。

 今日用意したお茶は二種類で、素朴な味と香りの真っ青なお茶と、酸っぱさが爽やかな赤いお茶だ。林檎は青いお茶をいつも使っている江戸切り子のグラスに揺らし、少しずつ口を付けている。

 口を付けた部分が、ほのかにピンク色に変わる。しかしそれもすぐさまに、他の青い部分と混じり合って見えなくなってしまった。

 ゆったりとした時間を過ごしていると、入り口から明るい光が射した。


「いらっしゃいませ」


 そう挨拶をして入り口の方を見ると、そこには着物に袴姿で眼鏡を掛け、煉瓦色の髪を顎のラインで切りそろえた男性が立っていた。


「やあ、こっちも面白そうだね。

すこし見させてもらうよ」


 そう言って彼は興味深そうに彫りが施された硯だとか、七宝の小物だとかを見ている。

 こっちも。と言っていたけれども、もしかして隣のシムヌテイ骨董店には行った事があるのだろうかと、林檎は考える。それから、彼の風体とシムヌテイ骨董店の店内の様子を合わせて思い浮かべて、なんとなくちぐはぐな感じはするけれども、知らない物を探すという意味ではしっくりくる気がした。


「お隣もご覧になったのですか?」


 林檎が彼にそう訊ねると、彼は満足そうにこう答える。


「はい、ついさっき行ってきたんですよ。

今回はお使いを頼まれてきたんですけど、それを抜きにしてもあのお店は初めて見る物が沢山有って、面白いですからね」

「そうなのですね。お使いお疲れ様です」


 どんなお使いを頼まれたのだろうとすこし興味が湧いたけれども、これはプライバシーに関わる気がするので、触れないで置くことにする。

 続けて店内を眺めている男性を見ていると、仏像の首に目を留め、瞬きをしてから視線を外し、棚の横に置かれた古びた仏像に目をやる。次に、向かい側の棚に視線を移し、棚に並んだ鉱物や色鮮やかな陶器の破片の上を視線でなぞっていく。


「おやおや。僕の知り合いが好きそうな物が沢山有るね」


 それは独り言なのだろう、彼がぽつりと言った。

 ふと、彼が視線を留める。そこには銀化ガラスの小瓶が置かれていた。目を細めてじっと見て、彼が言う。


「この瓶は珍しいけれど、いつ頃の物なんですかね」


 その問いに、林檎は思い出しながら答える。


「その銀化ガラスの小瓶は、おそらく江戸初期の物です」

「おや、もしかして国産かい?」

「どうなんでしょう? 瓶自体は輸入された可能性はありますけれど、出土は国内です」

「なるほどね」


 彼は銀化ガラスの瓶をひとつ手に取って、色々な角度から見ている。


「そんな短い期間で銀化する物なんでしょうか?」


 不思議そうな彼の問いに、林檎は困惑する。


「どうなんでしょう。銀化にかかる時間というのはあまりよくわからないので……

ただ、薬品で銀化する事もあるので、土壌によっては、という感じです」

「そうなんですね」


 林檎の説明に、男性はにっこりと笑ってその瓶を林檎に差し出した。


「質問攻めにしてしまってすいませんね。

こちらをいただきます」

「はい、ありがとうございます」


 瓶を受け取って立ち上がり、林檎はレジカウンターの中へと入る。瓶をカウンターの上に乗せて、電卓に金額を打ち込んで提示する。男性が会計の準備をしている間に、林檎は瓶の梱包を始めた。

 カウンターの引き出しからクラフト紙の袋と緩衝材を取りだし、瓶を緩衝材で丁寧に包みテープで留める。それをクラフト紙の袋に入れて口の部分を唐草模様のシールで留めた。

 会計を済ませ、瓶の入った袋を男性に渡す。


「お待たせいたしました」

「ああ、ありがとう。丁寧に包んでくれて助かるよ」


 彼は持っていた鞄の中に袋を入れ、レジカウンターの上に置かれている、お茶の入った瓶が刺さったブリキの器にちらちらと目をやっている。

 林檎はその様子を見て声を掛ける。


「よろしかったら冷たいお茶でもいかがですか?」

「いやはや、催促しちゃったみたいで悪いね。一杯いただけるかな?」

「はい、少々お待ちください」


 林檎はそそくさとバックヤードに入り、丸い座面のスツールをひとつ運び出し、レジカウンターの側に置く。それを男性に勧めてから、林檎が男性に訊ねる。


「本日のお茶はマロウブルーとハイビスカスの二種類ご用意がありますが、どちらになさいますか?」

「二種類あるのか。それじゃあマロウブルーで」

「はい、かしこまりました」


 レジカウンターの奥に有る棚から青と黄色の光を湛えたグラスを取りだしてカウンターに置き、ブリキの器の氷の中から青いお茶が入った鱒の瓶を引き抜く。それから、グラスの中に青いお茶を注いで、男性に手渡した。


「どうぞ、お召し上がりください」


 すると、男性はなにやら面白い物を見る目でグラスを見てこう言った。


「おやおや、銀熔変のグラスだなんて珍しい」

「えっ? このグラスの素材がわかるんですか?」


 今までに、このグラスの素材を言い当てた人がいなかったので、男性の発言に林檎は思わず驚く。その様子を見てか、男性は面白そうに笑いながら答える。


「まぁ、実物はなかなかお目にかかる物ではないですけどね。

隣のお店のオパルセントも、良く揃えているなと思ったよ」

「まぁ……物知りなんですね」


 もしかしたらこの人は銀化ガラスのことも詳しく知っていて、先程林檎に色々訊ねていたのも、知識を試すためかも知れないと林檎は思う。結果として購入に到ったと言う事は、林檎の知識に納得がいったということだろう。それを思うと、林檎はなんとなく一安心したのだった。

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