50:バレンタインの内緒話
吹く風は一段と冷たく、けれども気持ちは暖かいバレンタイン。その日林檎は、木更と理恵と一緒に、シムヌテイ骨董店でお茶をしていた。
林檎は勿論、理恵と木更も、真利に渡すチョコレートを用意していたので、真利が作っていたホットチョコレートを飲みながら、四人でチョコレートづくしのおやつを楽しんでいたのだ。
このまましばらく四人で話して、それから木更と理恵は家に帰るのかなと思っていたら、木更が林檎の店を見ていきたいというので、今は真利と理恵をシムヌテイ骨董店に残し、林檎と木更でとわ骨董店に場所を移した。
店に戻ると、林檎はバックヤードから丸い座面のスツールを運び出してレジカウンターの側に置いたけれども、棚の上の物をじっと見ている木更の様子を見守って、声を掛けるタイミングを見計らう。
鉱物が並んでいる棚を見て、木更が白い石を手に取った。白いけれども透明感があり、光を透かすと青や黄色がかるその石を見て、木更が言う。
「真利さんや林檎さんのところで使ってるグラスに似てるね、この石」
石に興味を持って貰えたのが嬉しい林檎は、微笑んで説明をする。
「真利さんのところで使ってるグラスは、その石に似せるように作った硝子でできてるからね」
「そうなんだ。なんていう石なの? これ」
店内の電灯の光に透かしている木更に、林檎が答える。
「オパルっていう石よ。
もしかしたら、オパールっていう呼び方の方が聞き慣れてるかも知れないけど」
「あー! これオパールなんだ!
オパールってもっときらきらした石だと思ってたんだけど」
「角度を変えると虹色が浮かぶような?」
「そうそう」
木更の言葉を聞いて、林檎はどう説明したものかと思う。難しい話にしようと思えば出来るけれども、今求められているのはそう言う話ではないだろう。
「オパールも、色々な種類があるのよ。それはたまたま、光らないやつって言うだけ」
「なるほどなー」
納得した様子で木更はオパルを棚に戻し、その向かいの棚に置かれている仏像の首を見て呟く。
「だんだん仏様の頭にも慣れてきた」
それを聞いて、林檎はつい吹きだしてしまう。それに対して、木更は不満そうな顔をする。
「なんで笑うのー?」
「いやだって、木更さんがまだ仏様の頭に慣れてなかったとは思わなくて」
「まぁ、来てる頻度考えたらそうだよね」
そんなやりとりをして、そろそろ木更が話をしたくなってきたかな。と言う所で、林檎が木更に椅子を勧める。
「お茶もある?」
悪びれる様子もなくスツールに腰掛けて木更が言う。林檎はくすくすと笑ってレジカウンターの奥にある棚から、ガラスのティーポットと、白地に青い線が印象的な有田焼のカップに白い縁の付いた萩焼のカップを出して並べる。続いて、食器の置かれた下の段から紙袋を取り出して木更に見せた。
「先日お客さんからいただいた月餅があるから、真利さんと理恵さんには内緒で、ふたりで食べよっか」
「やったぁ! 食べる!」
手際よく棚から九谷焼の皿を二枚取りだし、それぞれに包装を剥いた月餅を置いて、片方を木更に渡す。それから、また銀色の袋を棚から出し、その中に入った茶葉をティーポットに入れる。その中にお湯を注ぎ、くるりと揺らしてから、バックヤードに入ってシンクに中のお湯を捨てた。お湯をしっかり切った後、また店内に戻りお湯を注ぐ。爽やかな青い香りがふわりと立った。
お茶を蒸らしている間に、もじもじした様子で木更が林檎に訊ねた。
「そういえば、林檎さんって好きな人いるの?」
それはあまりにも突然の質問で、思わず驚いた。
「どうして?」
答えの代わりに林檎が訊ね返すと、木更は視線をすこし逸らしてこう言った。
「理恵には、好きな人がいるみたいだから」
それを聞いて、林檎は妙に納得する。確かに、理恵の様子を見ていると、好きな人がいるのだろうなと言うのがわかるのだ。
木更が気にする理由がわかったところで、林檎は質問に答える。
「そうねぇ、今のところ、恋人にしたいって言う意味で好きな人はいないかな」
そこまで話したところで、お茶の蒸らし時間が終わる。視線をティーポットとカップに移してお茶を注いでいると、木更の声が聞こえた。
「なるほどなー」
自分の話に納得したのだろうかと思いながら、林檎はカップを手渡しがてら、木更に訊く。
「木更さんはどうなの? 好きな人、いるの?」
「あいやっ……」
カップを受け取った木更は顔を真っ赤にして狼狽えている。この様子だと、きっと思い人がいるのだろう。
一体誰だろう。でも、あまり根掘り葉掘り訊くのも良くないし、木更が言うまで特に訊ねないでおこう。そう考えて、すこし黙っていたら、木更が小さな声でぽつりと言った。
「……林檎さんも知ってる人……」
「えっ? そうなの?」
木更と顔見知りで、林檎も面識がある人物となると非常に限られる。限られるどころか、正直林檎には心当たりが真利しかいない。けれども、どうにもそう言う感じではなく、ならば誰なのだろう。
もしかして、このお店のお客さんで仲の良い人がいるのかも知れない。もしそうならば、いい縁結びができたのだなと、林檎は何だか安心した。




