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とわ骨董店  作者: 藤和
2008年
49/75

49:新春のお菓子

 年も明けてすこし経ち、街中も落ち着いてきた頃。その日とわ骨董店ではお香を焚いて、その香りと共に林檎はお茶を楽しんでいた。

 今日焚いているお香は白檀だ。甘く、どこか神聖な雰囲気の香りが、カップの中から立ち上る華やかな紅茶の香りと混じり合って、まるで庭園のようだった。

 お茶を飲みながらちらりとレジカウンターの奥にある棚を見る。その中にはティーポットや急須お皿、茶葉以外にも、幾つかのカップと、夏用のグラスが並べられている。

 棚にはまだいくらかスペースがあり、もう少し来客用のカップやグラスを増やしてもいいかと、そんな事を考える。

 どんなカップを増やそう。そう言えば青磁の物はまだ無いから、その辺りの物でも良いかも知れない。

 ぼんやりと棚を眺めていると、店の扉が開く音がした。


「いらっしゃいませ」


 そう言って振り向くと、そこには紫の髪を短めにまとめ、ベージュのコートを着て、手に紙袋を持った男性が立っていた。


「あら、ユカリさんお久しぶりです」


 そう声を掛けると、ユカリと呼ばれた男性は、はにかんで紙袋を差し出してこう言った。


「お久しぶりです。先日はお世話になりました。

良かったらこれをどうぞ」

「ありがとうございます。これは一体何でしょう?」


 紙袋を受け取った林檎が訊ねると、ユカリは照れたように笑って答える。


「お正月中に月餅を作ったんです。それを家族に分けたら好評だったので、こちらにもお裾分けしようかと思って」

「そうなんですね、ありがとうございます」


 そんなに美味しい月餅ならば、誰かと分けて食べたい物だと、林檎は紙袋の中を覗き込む。すると、八個ほど入っているようだった。

 それを見て、林檎はユカリに声を掛ける。


「折角いただいたのですし、お茶と一緒にこの月餅、いただきませんか?」


 その言葉を聞いたユカリは、そわそわと店内を見渡して答える。


「はい、実は、それを期待していたのもあって……

ここで頂くお茶は美味しいので」

「うふふ、嬉しいことをおっしゃってくださって。では、ただいま準備しますので少々お待ちくださいね」


 紙袋と空になったガラスのティーポットをバックヤードに運び込み、それらを台所に置いて、まずは丸い座面のスツールを運び出す。それをユカリに勧め、林檎はレジカウンター奥の棚から花の文様が鮮やかな九谷焼のお皿を二枚取りだし、それを持ってまたバックヤードに入る。台所に置いたティーポットから出がらしの茶葉を捨て、軽くすすぐ。それをキッチンペーパーでしっかりと拭いてから、月餅に取りかかる。月餅はひとつずつグラシン紙に包まれているので、それを丁寧に剥いて、二枚のお皿の上にそれぞれ乗せる。お皿と、ティーポットをお盆で運び店内に戻り、まずユカリに月餅の乗ったお皿を一枚手渡す。


「まずはこちらをどうぞ。これからお茶を準備しますね」


 それから、棚から九谷焼のカップと、縁の白い萩焼のカップ、銀色の丸い缶に入った紅茶の缶を取りだし、ティーポットの中に茶葉を入れる、茶葉に混じった薔薇の花びらが芳しい。そこにお湯を注ぎ、しばらく蒸らしている間に、林檎は気になっていた事をユカリに訊ねた。


「ところでこの月餅、どこかで見覚えのある形をしていますね」


 どこかで見たことがあるはずなのに、どこで見たのかが思い出せないと言った様子の林檎に、ユカリはにこりと笑って返す。


「先日ここで買った型を使って作ったんです。

月餅にするにはかなり和風の型でしたけど」


 それを聞いて、林檎は驚く。本当にあの型を使っているとは思っていなかったのだ。思っていなかったけれども、使って貰えたと言う事が嬉しく、つい頬が緩む。


「あら、あら、あら、まぁ。こんな風に使ってくれる人のところに行って良かったわ」


 林檎のその様子を見て、ユカリも照れているのか顔を赤くしている。


「えっと、自分でああいう型を買うのって、ちょっと夢って言うか、そう言う感じもあったので、折角買ったんだから使いたいって思って」

「うふふ、このお店に置いておくだけだと、本当に飾っておくだけになっちゃいますもの。

使ってくれた方が道具も喜ぶと思いますよ」


 そんなやりとりをして、ふとティーポットを見るとしっかりとお茶が蒸らされたようだった。

 ティーポットからカップにお茶を注ぐ。華やかな香りがふわりと立った。

 ふと、ユカリが林檎に訊ねる。


「そう言えば、お茶以外にも良い匂いがしてますね。またお香を焚いてるんですか?」


 九谷焼のカップをユカリに渡しながら、林檎が答える。


「はい、今日は白檀を焚いてるんですよ。甘くていい香りでしょう」


 すると、ユカリは漂っている香りを嗅いでから、はにかんでこう言った。


「良い匂いですけど、なんかお寺さんみたいです」

「お寺さん。確かに、お寺さんだとこういう感じのお香を焚いてること多いですよね」


 なるほど、そう言う発想もあるのかと林檎は感心してしまう。


「昔、お寺さんに行く度に兄ちゃんたちと貰ったお菓子食べてたの思い出すなぁ」

「そうですか? それじゃあ、今日は思い出と一緒に、月餅をいただきますか」


 お互いくすくすと笑い合って、いただきますをして月餅をかじると、甘い餡子の味が懐かしかった。

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