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とわ骨董店  作者: 藤和
2007年
48/75

48:年の暮れに

 すっかり日も短くなり、街にクリスマスソングが流れるようになった頃。折角なので店内をクリスマスっぽく飾りたいなと思いながらも、クリスマスっぽくなる要素がない商品ラインナップのため結局それらしいことを出来ずにいる林檎。すこし残念に思いながらも隣のシムヌテイ骨董店がハロウィンの飾り付けをして仮面舞踏会になったのを思い出し、それっぽいことができそうな商品ラインナップでも、店主の好みが適していないとそもそも不可能であると言うことに思い至り大人しくいつもの籐の椅子に着席している。


「そう……仏様置いてるのにクリスマスってなんかこう……駄目じゃない? 根本的に……」


 クリスマスの装いを諦めきれない自分に言い聞かせるように、林檎は小声でぶつぶつと呟く。

 しばらく俯いて、口元に指を当てて呟いていたら、突然声が掛かった。


「こんにちは。お久しぶりです」

「あっ、清さん、いらっしゃいませ」


 慌てて声のした方を向くと、そこには店の扉の前に立った、見覚えの有る背の高い男性がいた。

 恥ずかしい所を見せてしまったと頬に手を当て清の方を見ると、なにやら沈んだ表情をしている。

 何か落ち込むことでもあったのだろうか。以前聞いた話では、職場である学校に居づらいと言っていたからその関係のことだろうか。林檎はすこし考えて、ぼんやりと仏像の首を見ている清に声を掛けた。


「外は寒かったでしょう? 温かいお茶でもいかがですか?」


 それを聞いて、清は顔を上げてぼんやりと答える。


「はい、いただいて良いでしょうか。

外は寒くて、冷えてしまって……」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 籐の椅子から立ち上がり、林檎はバックヤードからスツールをひとつ運び出し、レジカウンターの側に置く。それを清に勧めて、レジカウンターの奥にある棚から、紫色が買った茶色の急須と、赤地に白いまだらが印象的な美濃焼きのカップと、縁の白い萩焼のカップを取りだし、レジカウンターの上に並べる。それから、棚の中から丸い茶筒を出して、中に入った緑色の茶葉を急須の中に入れる。その中にお湯を注ぐと、青く爽やかな香りが立った。

 急須を手に持ってくるりと揺らし、すぐにそれぞれのカップにお茶を注ぐ。カップから立ち上る湯気があたたかだ。

 まず、美濃焼きのカップを清に渡し、林檎は萩焼のカップを手に持っていつもの籐の椅子に座る。いまだ沈んだ表情をしている清に、どう話し掛けようか、しばし悩む。


「どうぞ、お召し上がり下さい」


 これ以外に、かけられる言葉が思い浮かばなかった。清は林檎の言葉に、いただきます。と言ってからお茶に口を付けた。すると、驚いたような顔になって、味を確かめるようにまたお茶を口に含んでいる。

 飲み込んでから、清が言う。


「随分と甘いお茶なのですね。砂糖を入れている様子は無かったのに」


 多少は気が緩んだだろうか。そう思った林檎は、微笑んでお茶の話をする。


「はい。低温で淹れると、とても甘みの出るお茶なんです」

「そうなのですね」


 それからすこしの間、ふたりとも黙り込んで、空調の音だけが聞こえていた。

 沈黙の中、先に口を開いたのは清だった。


「あの、すこしお話を聞いていただいてもよろしいですか?」

「はい、勿論」


 やはり、何か心に引っかかる物があってここに来たのだなと、林檎は思う。自分から話してくれるのなら、ゆっくり話を聞こうと林檎は思う。

 ぐっと口を結んでから清はこう話した。


「クリスマスが近づくと、兄さんのことを思い出してしまって、つらいんです」

「お兄さんのこと、ですか?」


 そういえば、以前会ったときに、兄とはもう会えないと清が言っていたのを思い出す。林檎はてっきり、兄が遠方に行ってしまったからだと思っていた。この時期になると、一緒に過ごしたクリスマスの楽しい思い出でもよみがえるのだろうかと思っていたら、清は予想外のことを口にした。


「兄さんは数年前に修道院に入ったんです。

それ以来一度も会えていなくて、子供の頃、一緒に礼拝に行ったのを思いだして、寂しくなってしまって……」

「そうなんですね……」


 礼拝のことは林檎にはよくわからないけれども、清とその兄が、こんなにも寂しくなってしまうほど仲が良かったというのは、林檎にも良く伝わってきた。

 お茶をひとくち飲んで、清が一粒涙を零す。


「でも、寂しがってばかりだと兄さんが心配するから」


 温かくて甘いお茶を飲むと、いくらか心が落ち着くのだろう、清は言葉と言葉の間にお茶で口を湿らせている。

 しばらくの間、清は兄との思い出を話し続けた。林檎にはよくわからないような内容もたまにはあったけれども、ただ相づちを打って、話を聞いているだけでも清は安心するようだった。

 そうしている内に、ふたりのカップが空になる。それでもここを離れがたいといった様子の清に、林檎は微笑んでこう言った。


「もう一杯、お茶をいかがですか?」


 清は目を擦って答える。


「……ありがとうございます。いただきます」


 彼は、兄と会えなくなってからどれだけの寂しさをひとりで耐えてきたのだろう。そして、林檎はふと思う。自分も、弟の蜜柑と二度と会えなくなることがあったら、どんな気持ちになるのだろう。

 考えてみたけれども、想像ができなかった。

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