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とわ骨董店  作者: 藤和
2007年
47/75

47:果物とナッツのケーキで

「林檎さん、ごめんください」


 すっかり寒くなり、上着が手放せなくなったある日。林檎がとわ骨董店の店内でぼんやりしていると、隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利が、入り口から覗き込んで声を掛けてきた。


「あら、どうしたの?」


 隣もずっと静かだから、お茶のお誘いだろうか。そう思っていたら、真利は案の定こう言った。


「いつものパン屋さんでシュトーレンを買ってきたんです。

良かったら林檎さんも一緒にいかがですか?」


 シュトーレンと聞いて、林檎はこの日の日付を思い出す。


「そういえば、もうそんな時期ね。

丁度暇だったし、一緒にいただきましょうか」

「では、僕の所へおいで下さい」


 軽く頭を下げる真利に誘われるままに、林檎はとわ骨董店を出て、扉の『商い中』の札をひっくり返す。鍵もかけたのも確認し、隣のシムヌテイ骨董店へとお邪魔した。

 シムヌテイ骨董店の店内にはだるまストーブが置かれ、その上にはおたまが刺さった小鍋が置かれている。漂っている香りを聞くかぎり、スパイスと柑橘を入れたホットワインだろう。

 真利が用意した木製の折りたたみ椅子に腰掛け、大人しく待つ。バックヤードに入った真利が、シュトーレンの用意をしている音が聞こえた。


「お待たせしました」


 人差し指ほどの厚さに切ったシュトーレンと金色の箔がまだらになったフォークを乗せたお皿を二枚持って、真利がバックヤードから出てくる。


「うふふ、ありがとう」


 片方を林檎に渡した真利は、もう一枚をレジカウンターの上に置いて、奥に有る棚から萩焼のカップを取りだした。そのカップと、すでにレジカウンターの上に置かれているチャイナボーンのカップにホットワインが注がれ、林檎は萩焼のカップの方を受け取る。


「今日のホットワインは、オレンジではなく柚子を入れてみたのですが、どうでしょうかね」


 赤い布張りの椅子に腰掛けた真利がそういうので、林檎はカップを口元に持っていって香りを聞く。


「なるほど。ちょっとさっぱりした感じかも」


 ふたりでワインの香りを聞いて、それから、シュトーレンをいただこうとフォークで一口大に切り、口に含む。ずっしりとした舌触りで、ドライフルーツの酸味と香りが華やかで、ナッツの歯ごたえは軽やかだった。

 ふたりでシュトーレンを食べるのに夢中になっていると、突然入り口の方から声が掛かった。


「こんにちは」

「こんちはー。

おうおう、ふたりともいい物食べてんじゃん」


 入ってきたのは、コートを着てマフラーを巻いた理恵と木更だ。それに気づいた真利が、カップとお皿をレジカウンターの上に置いて立ち上がる。


「理恵さんも木更さんもいらっしゃい。

今日はシュトーレンを買ってきたんですけど、一緒にいただきませんか?」


 それを聞いて、木更はにっこりと笑う。


「勿論。お茶も付くとなおいいね」

「木更、そんなあからさまに催促しないの」


 木更と理恵のやりとりを見て、林檎がくすくすと笑う。


「木更さんは相変わらず正直ね」


 その言葉に、木更は悪びれる様子も無く言う。


「折角誘われてるのに断るのも悪いじゃん?」

「それもそうだけど」


 やはり目の前でお茶の催促をされるとなると気が咎めるのか、理恵はすこし落ち着かない様子だ。

 そんなやりとりをしている間にも、真利はスツールをふたつ用意し、シュトーレンも二切れ、準備していた。


「理恵さん、木更さん、こちらにお掛け下さい」


 そう言ってふたりに椅子を勧めてシュトーレンを渡してから、真利はレジカウンターの奥にある棚から茶器を取り出してお茶の用意をしている。さすがに未成年にホットワインを飲ませるわけにはいかないと思ったのだろう。

 真利がお茶を淹れる間、林檎たち三人は話をしている。高校が始まってだいぶ経つけれども、木更と理恵は学校で上手くやれているのかとか、そう言う話だ。


「私は、高校で友達も出来て楽しくやっています」


 理恵は本当に楽しそうに笑って、そう言う。

 一方の木更は、難しそうな顔をしてこう言った。


「友達出来て楽しいは楽しいけど、授業が難しいんだよね。

なに? なんなの? 高校の授業ほんとなんなの?」


 それを聞いて、林檎はつい吹きだしてしまう。


「そうね、確かに高校に入ると、急に授業が難しくなったって感じるわよね。

理恵さんは授業、追いつけてる?」

「えっと、今のところなんとかって言う感じですけど、やっぱり難しいです」


 林檎の言葉に、理恵もすこし恥ずかしそうな顔をする。三人のやりとりを聞いていた真利が、陶器のカップにお茶を注ぎながらいたずらっぽく笑って理恵と木更に声を掛ける。


「もし勉強でわからないところがあったら、教えましょうか?」


 それに続いて、林檎もふたりに言う。


「テストの前とか、そうでなくても聞きに来て良いからね」


 真利と林檎の言葉に、理恵がおずおずと訊ねる。


「本当に、お世話になっちゃっていいんですか?」


 ティーカップを理恵と木更に手渡しながら真利が答える。


「わかる範囲でにはなりますけどね」


 それを聞いた木更はちらりと林檎の方を見て呟く。


「それなら、私は林檎さんに教えて貰いたいな」


 確かに、林檎が得意とする歴史を、木更は苦手と言っていたはずだ。自主的に勉強する気がるのは良いことなので、林檎は木更の方を見て微笑む。


「私が良いの? そんなに頼りにされちゃうと、照れるわねぇ」

「お、おう」


 何故か照れた様子を見せる木更を見てか、真利がくすくすと笑う。


「おやおや、木更さんも随分と林檎さんに懐いて」

「なんだよー」


 顔を真っ赤にする木更を宥めながら、とりあえずお茶とケーキをいただこうという話になる。

 随分と大人に近づいた気はするけれども、目の前でケーキを頬張っている木更と理恵は、なんだかんだでまだ子供なのだなと、林檎は思った。

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