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とわ骨董店  作者: 藤和
2007年
46/75

46:不思議を見せる

 残暑も去り、過ごしやすくなった小春日和のある日。空調を効かせる必要も無く、乾きすぎもせず湿りすぎもせず、快適だった。

 林檎はいつも通りに、いつもの籐の椅子に座り、うとうとと船を漕いでいた。

 瞼に浮かんでは消えていく様々な色彩。それはピンク色のサルスベリであったり、オレンジ色の百合であったり、真っ赤なアマリリスであったりした。それ以外の風景はぼんやりとしているけれども、口の中にはほんの少しの渋味と、まろやかな甘みが広がっていた。

 ああ、この味は。そう思いながら眠気に身を委ねていると、店の扉を開く音が聞こえた。


「あ、いらっしゃいませ」


 口の端を手で押さえてから、林檎は入ってきたお客さんを見る。そこに立っていたのは、黒髪を長く伸ばし、黒ずくめの服を着た人で、何故か真っ赤な瞳が目に付いた。

 その人は中性的な見た目なので、一見すると性別はわからない。けれども、別に性別はわからなくても問題ないだろうと、特に気にしなかった。

 その人は欠けていたりはするけれども色鮮やかな陶器を見たり、七宝の小物を眺めたり、木を彫り込んで作ったお菓子の型に目をやった後、仏像の頭に視線を留めた。あれを見ると驚くお客さんは多いのだが、その人は驚く様子も無く、興味深そうに、じっと仏像の頭を見つめていた。

 もしかして、あれを購入するつもりだろうか。そう思って緊張しながら林檎が見守っていると、そのうちに視線を外して、仏像の首がある所とは向かいの棚を見始めた。

 棚のその部分には、古い指輪がいくつか置かれていて、そう確か、明治の頃の物もいくつか置いていたはずだ。

 その人はぼんやりと指輪を見て、ひとつ、手に取り、それをじっと見る。瞬きをして目を擦ってからもう一度その指輪を見て、寂しそうな顔で指輪を元の位置に戻した。

 それから、並びにあった鉱物、更にその横にある陶器の欠片や銀化ガラスの瓶の上に視線を滑らせてから、螺鈿の箱と寄せ木の箱に目を留めた。寄せ木の箱の中から紫色の花が付いた一本刺しを手に取り、その人が林檎に訊ねた。


「これも古い物ですか?」


 その問いに、林檎が答える。


「そちら、古布を使って作られていますが、現代物のつまみ細工でございます」

「なるほど」


 その人は男性らしい低い声でそう言った。それから、つまみ細工の一本刺しをじっと見て、なにやら悩んでいる様子だ。難しそうな顔をして、しばらくするとそれを持って林檎の元へ来た。


「こちらをいただきたいのですが」

「ありがとうございます。ご自宅用ですか?」

「はい、自宅用で」


 電卓に金額を打ち込み、彼に提示する。会計の準備をしている間に、一本刺しをクラフト紙の袋に入れ、口をテープで留める。それから、紺色の紙袋に入れて口の部分を唐草模様のシールで封をした。

 会計が終わり紙袋を手渡すと、いかにも彼が落ち込んでいるように見えて、林檎はついこう言ってしまった。


「良かったら温かいお茶でもいかがですか?」


 すると彼ははにかんでこう言った。


「ありがとうございます。

先程隣のお店でもお茶をいただいたのですが……こちらでもいただいでいいでしょうか?」

「あら、お隣もいかれたんですね。

勿論、こちらでもお茶をお出ししますよ」


 なるほど、真利の店も見て来たのかと思いながら、林檎はバックヤードに入り丸い座面のスツールをひとつ運び出す。それをレジカウンターの側に置いて、彼に勧めた。

 彼が腰掛けたのを見てから、レジカウンター奥の棚を開け、紫色がかった茶色い急須と、金彩と色彩が鮮やかなベンジャロン焼きのカップ、それと、白い縁の萩焼のカップを取りだしてレジカウンターの上に並べた。次に茶葉も棚から取り出して、急須の中に入れる。その中にお湯を注ぐと、青い香りが漂った。

 急須を手に持って、くるりと中のお湯を揺らす。それから、カップにお茶を注ぎ、ベンジャロン焼きのカップを彼に手渡した。


「お待たせしました」

「はい、いただきます」


 そう言って湯気の立つお茶に口を付けた彼が、驚いたような顔をして口を押さえた。

 もしかして口に合わなかったのだろうかと林檎が心配していると、小さい声でこう聞こえた。


「……甘い……」


 味に驚いたのだというのがわかった林檎は、くすりと笑って、椅子に腰掛けながらいう。


「このお茶は甘いお茶なんですよ。

こういうのは初めてですか?」

「そうですね、砂糖を入れないのにこんなに甘い緑茶は、初めてです」


 確かに、こんな風に甘い緑茶というのは、玉露を代表とした高級な物ばかりだ。馴染みの無い人の方が多いだろう。

 驚きはした物の口に合わないというわけではなさそうで、彼は夢中になって熱いお茶に少しずつ口を付けている。

 その様子を林檎が見ているのに気がついたのか、彼ははっとして顔を赤くする。


「……すいません、つい夢中になってしまって」

「いえいえ、気に入っていただけてなによりです」


 気を取り直した様子の彼が、微笑んで林檎に言う。


「すこし気が沈んでいたので、気分を変えられたのは助かりました」


 ああ、やはりなにか落ち込むようなことがあったのかと、林檎はなんとなく腑に落ちる。

 それから、彼がしばらく話をしていきたいというので、ゆっくりと話を聞くことにした。

 その話を聞いているうちに、なんとなく、不思議な雰囲気のする人だなと林檎は思う。

 そう、人と言うより、人でない何かのように感じられた。

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