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とわ骨董店  作者: 藤和
2007年
42/75

42:お裁縫チャレンジ

 すっかり梅雨入りはしたけれども、珍しく晴れて爽やかな日のこと。とわ骨董店の店主の林檎は、いつもの籐の椅子に腰掛けて、冷たいお茶を飲んでいた。

 今日用意したお茶は、桃の香りが付けられた緑茶と、蜂蜜の香りがついた紅茶だ。どちらも鱒の瓶に詰められ、ブリキの器の中に盛られた氷に刺さっている。

 林檎が持っている紫色の江戸切り子のグラス、その中にはゆらゆらと甘い香りの緑茶が揺れていた。

 ゆっくりとグラスに口を付けていると、外から話し声が聞こえてきた。お客さんだろうか。そう思った林檎は、持っていたグラスをレジカウンターの上に置く。

 そして予想通り、店の扉が開いてふたりの女性が入ってきた。

 片方は銀髪を長く伸ばして髪ゴムで結っている女性、もう片方は銀髪を短めにまとめている女性だ。


「林檎さん、お久しぶりです」

「どうも、こんにちは」


 挨拶の言葉を投げかけてくる彼女たちに、林檎はにこりと笑って返事を返す。


「紫水さんもかず子さんもお久しぶりです。

今日はどの様な物をお探しですか?」


 そう訊ねられて、紫水とかず子は照れたような表情で顔を見合わせてから、林檎にこう言った。


「色々見たいのはあるんですけど」

「今日はちょっと、古布を見させていただきたいなって」


 紫水とかず子の言葉に、林檎は螺鈿の箱と寄せ木の箱が置かれている棚に目をやり、そこの下の方を指してこう言った。


「そちらに置かれた箱の中に沢山古布が入っていますので、ご覧になってくださいな」


 林檎が言う通り、そこには擦れて艶が出た黒檀の箱が置かれていて、その中には様々な色柄の布が畳まれて入っていた。

 林檎に言われるままに箱の前でしゃがみ込み、古布を出して広げては、丁寧に戻していくふたり。どんな布を選ぼうか静かに盛り上がっている様子だった。

 あのふたりは、古布をどんな風に使うのだろう。そう思った林檎はふたりの布探しが一息ついたところでこう訊ねた。


「おふたりとも、古布をどんな風にお使いになるんでしょう。やっぱり、なにか縫い物とか?」


 すると、紫水が紫や緑の色柄の入った古布を持って立ち上がり、照れくさそうに笑う。


「実は、あたしの後輩に古布で作ったって言うポーチを見せて貰ったんです。

それで、かっこいいなって思って、作ってみようと思ったんです」

「あら、そうなんですね」


 紫水と林檎でそんなやりとりをしている一方で、かず子は箱の前にしゃがんだままぼんやりしている。その様子を林檎が見ていると、はっとした表情になってから、林檎の方を見た。


「あの、林檎さん。よかったらお勧めの布とか教えていただけませんか?」

「はい、喜んで。

使い道は紫水さんと同じでポーチを作ると言う事でよろしいですか?」

「はい、そうです」


 倚子から立ち上がった林檎はかず子と紫水の所へ行って箱の前でしゃがみ込む。そうすると、紫水もまたしゃがみ込んで箱の中に視線をやった。

 林檎が箱の中に手を入れて、何枚か布を出す。それをふたりに見せて説明をした。


「お裁縫に慣れている方なら絹も良いですけれど、もし慣れていないのでしたら、こう言った木綿の物が扱いやすくて縫いやすいですね」


 そう言って手に持っているのは、色鮮やかな手ぬぐいのような物であったり、浴衣をほつした物のようであったりした。

 かず子は納得した様な顔で、林檎お勧めの古布を手に取る。薄手で、濃い色の中に入った鮮やかな緋色や緑が鮮やかだ。

 ふと、紫水が手に持っていた紫と緑の柄物の布を林檎に見せて訊ねる。


「これは素材なんですか?」

「これですか? これは綿ですね」


 紫水の持っている布を指でつまんで撫でてから、林檎は答える。

 そうしてしばらく箱の前に座っていて、紫水とかず子の買う物が決まった。三人で立ち上がり、レジカウンターへと向かう。

 林檎はレジカウンターの中に入り、まずはかず子から会計を済ませる。手早くカウンターの引き出しから出したクラフト紙の袋に布を入れ、口の部分を唐草模様のシールで留める。それをかず子に渡したら、続いて紫水の会計も済ませ同様にした。

 静かだったけれども、ここまで随分と気分が盛り上がってしまったように感じた。紫水とかず子を見ると、ふたりもすこし気持ちが高まっているようだった。


「外は暑くて喉が渇いたでしょう。お茶でもいかがですか?」


 一旦気持ちを落ち着かせた方が良いと思った林檎は、ふたりにそう声を掛ける。ふたりとも喉が渇いているようだった。

 レジカウンターの奥にある棚から青と黄色の光を湛えたグラスをふたつ取り出し、紫水とかず子に訊ねる。


「お茶はどちらになさいますか?

本日ご用意しておりますのは、桃の香りの緑茶と、蜂蜜の香りの紅茶でございます」


 それを聞いて、かず子と紫水がそれぞれに答える。


「あっ、それじゃあ私は緑茶を」

「あたしは紅茶で」

「はい、かしこまりました」


 ブリキの器に盛られた氷の中から、鱒の瓶を両方引き抜く。まずは緑茶をグラスに注ぎ、栓をしてから紅茶をグラスに注いだ。

 それぞれにグラスを渡し、林檎はすぐさまにバックヤードから丸い座面のスツールをふたつ運び出す。それをかず子と紫水に勧めてかけて貰ったところで、林檎も先程レジカウンターの上に置いた江戸切り子のグラスを手に持って籐の椅子に座った。


「それにしても、お裁縫が出来るなんてすごいですね」


 林檎がそう言うと、ふたりは照れたように笑う。


「作り方を見ればなんとか小物は作れるという程度ですけど」


 そう言ってかず子はお茶に口を付ける。


「今まであんまり興味は無かったんですけど、いざ作った物を見せられると、やりたくなっちゃうんですよね」


 紫水も、お茶に口を付けてからそう言い、かず子と目を合わせる。

 林檎は、裁縫が得意というわけではなく、むしろ自信はない方だ。だけれども、ふたりの話を聞いていると、自分も何か作ってみたいなと言う気持ちになった。

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