41:ちいさなお姫様
日差しも強くなり始め、爽やかな日が続くこの頃。とわ骨董店の中は暖かく、いつもの籐の椅子に座った林檎は、ついうとうとしてしまっていた。
ぼんやりした頭に、色々なイメージが浮かんでは消えていく。池の中に浮かび、沈むまで歌い続けた彼女の気持ちはどんなものだったのだろう。ああこれは、昨夜見た映画のワンシーンだ。そんなものが取り留めも無く流れていく。
ふと、子供の笑い声が聞こえた。思わず目を覚ますと、どうやらその声は隣のシムヌテイ骨董店から聞こえてきているようだった。
笑い声を聞いて、なんとなく木更と理恵がまだ小学生だった頃の事を思い出した。あの頃から木更はやんちゃで、理恵は随分と大人しかったように思う。あのふたりももう高校生だ。時の流れというのは、随分と早い物なのだ。
しばらく木更と理恵のことに思いを馳せていると、店の扉が開いた。
「林檎さーん、お久しぶり」
そう言って入って来たのは、ベビーカーを押した、頭をつるりとそり上げた男性。それに続いて紫の巻き髪をふわふわと揺らしている女性と、その足下にはふわふわした緑の髪をふたつに結った女の子がはいってきた。
「あら、悟さんにシオンさん、お久しぶりです。
ベビーカーをお預かりしましょうか?」
「おっ、お願いできます?」
「はい、かしこまりました」
倚子から立ち上がり、悟からベビーカーを受け取って、それをレジカウンターの裏に置く。それから、シオンの足下にいる女の子にも声を掛ける。
「美春さんもお久しぶりね。大きくなったわねぇ」
すると、美春と呼ばれた女の子は、自分の母親、シオンの後ろにちょこんと隠れてしまう。
「まま、このおばちゃんしらないひとだよ」
それを聞いて、シオンが困ったように笑う。
「美春、この人はまだお姉さん。ね?」
「おばちゃんじゃないの?」
そのやりとりを見て、林檎はつい、くすくすと笑ってしまう。
「うふふ、美春さんからしたら、私はおばちゃんでしょう。
そっか、美春さん、前に会った時のこと覚えてないか」
林檎がそう言うと、美春が両手を上げて背伸びをし、こう言った。
「あのね、おひめさまなの!」
突然何のことだろう。不思議に思った林檎は、悟とシオンに視線を投げかける。すると、シオンがにこにこと笑いながら、こう教えてくれた。
「さっき、真利さんのところに行ったら思わぬお姫様扱いをされちゃって。それで今ご機嫌なんです」
「ああ、なるほど。そうなんですね」
納得した林檎はふたりに、隣で何か食べてきたかと訊ねる。すると、お茶だけ頂いてきたとの事だったので、シオンにまたこう訊ねた。
「美春さんって、アレルギーとかあったりしますか?」
「アレルギーですか? 特には無いです」
「なるほど」
それからちらりとレジカウンター奥にある棚に目をやり、三人にこう言った。
「みなさん、良かったらお茶とおやつでもいかがですか?」
それを聞いて、真っ先に美春が声を上げる。
「おやつたべるよ!」
シオンと悟も、にこにこしながら答える。
「良いんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
「美春、食べ過ぎはダメだからな」
「うふふ、お姫様が気に入ってくれると良いんだけど」
そんなやりとりをして、林檎はバックヤードから丸い座面のスツールをみっつ運びだし、レジカウンターの側に並べる。それから、自分が普段座っている籐の椅子を指して美春にこう言った。
「それじゃあ、お姫様はこちらにお掛け下さい」
一瞬、美春はきょとんとした顔をしたけれども、シオンに、お姫様用の椅子だからそこに座るのよ。と言われ、籐の椅子によじ登って座り、満足そうな顔をしている。
家族三人が椅子にかけ、話をしている間に林檎はお茶とおやつの用意をする。
レジカウンターの奥にある棚から九谷焼のお皿を四枚と、ベビーカステラのはいった袋を取りだし、お皿の上に四個ずつベビーカステラを乗せる。それから、お茶の準備をしようとレジカウンターの上に置かれたブリキの器の中で冷やされている、お茶の入った鱒の瓶を見る。
シオンと悟は、いつものグラスで大丈夫だろう。けれども、美春は普段使っているカップがあれば、その方が良いかも知れない。そう思った林檎は、シオンと悟に、美春用のコップがないかどうかを訊ねる。すると、ベビーカーの持ち手の部分に下げてあるというので、許可を得てそれを手に取り、レジカウンターの上にある紫色の江戸切り子の隣に乗せた。続いて、レジカウンター奥の棚の中から青と黄色の光を湛えたグラスをふたつ取りだし、それも並べる。
グラスが並んだところで、ブリキの器に詰められた氷の中から、黄金色のお茶の入った鱒の瓶を引き抜き、栓を開けてグラスの中に注いでいった。
「お待たせしました」
グラスと、ベビーカステラの乗ったお皿をそれぞれに手渡し、林檎もグラスとお皿を持ってスツールに腰掛けた。
「いただきます」
そう言って美春が、膝の上に乗ったお皿からベビーカステラを取って食べる。その様を見て、林檎はつい微笑ましくなってしまった。
「美春さんも、随分と大きくなりましたね」
それを聞いて、シオンがはにかむ。
「そうなんですよ。思ったよりも大きくなるのが早くて」
悟も、美春を見ながらしみじみと言う。
「なんか、俺も子供の頃、こんなに早く大きくなってたのかって驚きですよ。
昔ははやく大きくなりたいって思ってたけど、十分早く大きくなってるんだなぁ」
「そうだよ! おおきくなるよ!」
屈託のない美春の言葉に、大人達はつい笑顔になる。
このまま幸せの中で大人になって欲しいと、そんな風に思ったのは林檎だけではないのだろう。




