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とわ骨董店  作者: 藤和
2004年
4/75

4:被写体を探して

 桜の花も散り始め、学生達の春休みもそろそろ終わりという頃。明るい光に溢れた外とは対照的に、薄暗いとわ骨董店の店内で、林檎が棚の上に陶器の破片を並べていた。

 この破片は、しばらく前に入荷した物で、何に使うかもわからない、けれども確かなうつくしさをたたえたガラクタだ。

 こう言った物は仕入れの時に安価で手に入ることが多く、それ故に店で売る時も高価にならないので、意外と購入していくお客さんが多い物だ。

 なので、いつも多めに仕入れ、店頭に程々の数を出し、バックヤードに常にストックを置くようにしている。

 見栄え良く棚の上に陶器の破片を並べた次には、小さな硝子の小瓶を、陶器の上の段に並べていく。所々虹色に光るその小瓶は、銀化ガラスという特殊な物だ。これは下の段に有る陶器の破片とは違い高価な物なので、取り扱いには慣れている林檎でさえも気を遣う。

 丁寧に銀化ガラスの瓶を並べていると、入り口から光が射した。


「いらっしゃいませ」


 控えめに開けられたドアから伺うように店内を覗くそのお客さんに声を掛けると、こう言う店には馴染みが無いのか、おっかなびっくりといった様子で中に入ってきた。

 そのお客さんは、こう言った店に慣れていないのも頷ける、若い女の子だ。

 ラズベリー色の髪を前下がりのショートボブにして、黄色いパーカーに黄緑色のチュールのミニスカート、青いタイツと言ったいでたちで、骨董店といういかにも落ち着いた雰囲気の店にはそぐわないように思ってしまうのだろう。緊張の解けない様子の女の子に、林檎が優しく声を掛ける。


「もしお時間許すようでしたら、お茶でもいかが?」


 その声かけが意外だったのか、女の子は驚いたような顔をしてから、いただきます。と頭を下げた。

 それを確認した林檎は、少々お待ち下さい。と声を掛け、バックヤードから丸い座面のスツールを出してきて女の子に勧める。女の子がおずおずと座ったのを見て、緊張をほぐすにはどんなお茶が良いかと、レジカウンターの奥に有る棚を眺めた。

 落ち着く香りなのはこれだろうと選んだのは、小さな白い菊の花。それの入った透明な袋を棚から出し、茶器も用意する。大きめのガラスのティーポットの中に、菊の花をティースプーン四杯分入れ、たっぷりとお湯を注ぐ。蒸らしている間に、カップの用意をする。取り出したのは、白地に青い線で絵付けされた有田焼のカップと、茶色い萩焼のカップだ。


「良い匂いのお茶ですね」


 緊張がすこしほぐれたのか、女の子がそう言った。林檎はにこりと笑ってティーポットを揺すった。


「そうですね。お花のお茶は、香りが良くて落ち着くんです」

「お花のお茶なんて初めてです」

「そうなんですか? それじゃあ是非とも、味わっていって下さいね」


 そうしている間にお茶はしっかりと蒸らされて、林檎が丁寧な手つきでカップにお茶を注ぐ。黄金色のお茶は、カップに注がれる時も軋みのある甘い香りを放った。


「こちらをどうぞ」


 有田焼のカップを女の子に渡し、林檎も萩焼のカップを持って籐で編まれたいつもの椅子に座る。

 いただきます。と言って、息を吹きかけお茶を冷ましている女の子の表情からは、すっかり緊張の色は消えていた。

 ふと、林檎が訊ねた。


「こう言うお店は、珍しいでしょう?」


 すると、女の子ははにかんで言う。


「はい。うちの近所にはこう言うお店、無いんです。田舎だから……」


 もしかして遠くから来ているのだろうか。そう思ったけれどもそれは口に出さず、他のことを口にする。


「どう言った物をお探しですか?」


 女の子は店内をぐるりと見渡し、おずおずと答える。


「実は、写真の被写体になるような物が欲しいんです。

でも、やっぱり骨董店とかってなると、高価な物が多いのかなって思って、それで」


 なるほどと林檎は思う。緊張しているように見えたのは、手の出る範囲で買える物が有るかどうかわからなかったからなのかと。


「すてきな物が沢山有るから、何か欲しいんですけど、学生のお小遣いで買えそうな物ってありますか?」


 またすこし緊張した表情になった女の子に、林檎は優しく答える。


「そうですね、古い版画や古い鍵、それに陶器の破片なんかがお勧めですね。

このあたりは結構、学生さんでも記念にってお買い求めいただくことが多いです」


 萩焼のカップを一旦レジカウンターの上に置き、林檎は先程並べた陶器の破片の中でも安価な物を、三個ほど手に取って持ってきて、女の子に見せる。


「何かの役に立つかと言われれば、ただきれいなだけなのだけれど。

でも、写真に撮るなら良いと思いますよ」


 女の子は林檎から陶器の破片を一個受け取り、まじまじと見つめる。それから、模様の描かれていない裏側に貼られた値段を見て、ほっとした表情になる。


「他の版画とか、古い鍵もこれくらいの値段ですか?」

「そうですね、これくらいの価格の物も多いです」


 湯気の立たなくなったお茶を、女の子はぐっと飲み干して、倚子から立ち上がる。


「それじゃあ、いくつか見せて欲しいです。

折角遠くから来たんだから、何か買っていきたいなって」

「そうですか? ありがとうございます」


 ごちそうさまです。と言う言葉と共に女の子からカップを受け取り、それをレジカウンターの上に乗せる。それから、林檎は女の子に棚の上に乗ったガラクタをいくつか紹介したのだった。

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