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とわ骨董店  作者: 藤和
2007年
38/75

38:つらかった思い

 吹く風は一際冷たく、それでも時折見掛ける蝋梅が花開いていて春の訪れを感じさせる頃。この日はバレンタインデーと言うことで、チョコレートを持ち寄った林檎と、木更と理恵はシムヌテイ骨董店でチョコッレートをみんなで食べ、ホットチョコレートを振る舞われたりして楽しいひとときを過ごした。

 真利はホワイトデーにしっかりとお返しを用意するたちなので、それを待つのもまた楽しみだ。

 シムヌテイ骨董店でのお茶会が終わった後、用事があるという理恵を残し、林檎と木更はとわ骨董店に戻ってきていた。

 木更は、近頃受験で忙しくなかなかこの店に来ていなかったので、久しぶりに訪れたこの店が懐かしいのか、店内をじっくりと見ている。

 木更がいない間に増えた焼き物や七宝、古い小箱、そう言った大きな物や細々とした物が気になるようだった。

 そんな風に店内を見ている木更が、なんとなく落ち込んでいるように見えた。なので、林檎はレジカウンターの奥の棚から、白地に青い線が鮮やかな有田焼のカップと、縁の白い萩焼のカップ、それに紫がかった茶色の急須を取りだし、木更に声を掛けた。


「木更さん、さっきもホットチョコレートいただいたけど、お茶でもどう?」


 すると木更は、そっと喉元を撫でてから、こう答えた。


「うん。貰おうかな」

「どんなお茶が良い?」

「今日は渋めが良い」


 木更が渋めのお茶を欲しがるのは珍しい。どのお茶が良いかと棚を見ていると、和歌山の緑茶があったので、それにする事にした。

 急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。蓋をしっかり閉めたら急須を持ってくるりとお湯を揺らす。それから、カップに中のお茶を注いだ。


「木更さん、どうぞ」


 林檎が声を掛けると、木更はすぐにレジカウンターの前までやってくる。それを見て、林檎は椅子を用意して居なかったことを思い出した。


「あらごめんね、今倚子を出してくるから」


 そう言ってバックヤードに入り、スツールをひとつ運び出し木更に勧める。木更はスツールにちょこんと座り、お茶に口を付け始めた。

 いつも座っている籐の椅子に林檎も座り、こう切り出した。


「木更さん、なにか話したいことがあるんじゃないの?」


 すると、木更は視線を落として、震える声で話し始めた。


「林檎さんがいない間に、理恵が推薦で受験終わっちゃって」

「うん」

「でも、私は推薦落ちちゃって、それで」

「うん」


 木更は取り留めも無く、理恵が先に受験が終わって寂しかったこと、自分だけ受験が続いていた事がひどくプレッシャーだったこと、そんな事を何度もぐるぐると話した。林檎は、それを聞きながら静かに相打ちをうつ。

 木更の話が途切れたところで、林檎が心配になって言う。


「木更さんは、まだ受験が終わってないの?」


 それに対して、木更は納得がいかないと言った顔だ。


「一応、一般入試でうかれはしたけど」

「けど?」

「理恵みたいに推薦で行けなかったのが悔しい」


 そう言って木更はぽろりと涙を零す。その様子を見て林檎は、もしかしたら受験のことで両親に理恵と相当比べられたのではないかと、内心思う。でもそれは実際どうなのかを林檎は知らないし、木更が話すまで訊ねてはいけないことなのだろう。

 大人になったら理不尽なことは沢山有る。いつかはそれに慣れなくてはいけないのだろうけれども、木更はまだ中学生、年度が明けても高校生で、まだまだ子供なのだ。自分の中で消化しきれないことも沢山有るだろう。

 林檎はそっと手を伸ばして、木更の頭を撫でる。木更の目からはどんどん涙が溢れてくる。

 暫くそうしていて、木更がすこし落ち着いた所で、林檎が優しく語りかけた。


「確かに、理恵さんみたいに推薦でうかれなかったのは悔しいと思う。

でも、あなたはあなたなりに頑張ったし、志望校に入れたんでしょう?

それは十分えらいし、すごいことなのよ」


 林檎の手に優しく撫でられながら、木更が鼻をすする。それからまたしばらく、木更は泣いていた。

 木更の呼吸が落ち着いた頃を見計らって、林檎がまた声を掛ける。


「すこし、おやつ食べよっか」


 涙を拭いながら顔を上げた木更に視線を合わせると、木更はどことなく顔を赤くして頷いた。

 林檎はレジカウンターの奥に有る棚を開け、青く染められた金属の箱を取り出して木更に見せる。


「あ! それ好きなやつ!」

「うふふ、今日はこれ、ちょっと多めに食べようか」

「やったー」


 箱をカウンターの上に置き、花の文様が鮮やかな九谷焼のお皿を二枚取り出す。お皿の上にそれぞれ三本ずつ、筒状に丸められたラングドシャを乗せて、一枚を木更に渡し、もう一枚は林檎が持って椅子に座る。


「いただきます」


 先程泣いた余韻が残っているのか、木更がラングドシャを囓る表情は固かったけれども、次第にいつも通りの明るい表情に戻ってきた。


「林檎さん」


 ふと、木更が声を掛ける。


「ん? なあに?」


 返事をすると、顔を赤くして木更がこう訊ねた。


「私、えらい?」


 もじもじした様子を見て、林檎をくすりと笑う。


「うん、えらい」


 その言葉を聞いて、木更は笑顔になる。林檎も、それを見て思わず笑顔になった。

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