34:安らぎを求めて
「こんにちはー」
残暑もすっかり去り、過ごしやすくなった小春日和のある日。扉を開けてそう声を掛けてきた、ひとりの男性がいた。
彼は黄緑色の髪を短めに纏め、カジュアルな服装で手にはなにやら紙袋を持っている。
その呼び声に気づいた林檎は、いつもの籐の椅子に座ったまま、にこりと微笑みかけた。
「どうも正さんいらっしゃい。随分とお久しぶりね」
久しぶりの再会を喜んでいると、正が奥まで入ってきて、林檎に紙袋を差し出した。
「そういえば、お土産を持ってきたんです。良かったら召し上がってください」
「あらあら、ありがとうございます。
前の梅味のも美味しかったですけど、今回はなんでしょう?」
「あられを水飴で固めて、きなこをまぶしたやつです。
うちの地元で有名なお菓子らしいんですよ」
「そうなんですね、ありがたくいただきます」
立ち上がって紙袋を受け取り、それをレジカウンターの上に置く。それから、しばらくの間正が店内をじっくりと見て回っているのを見守る。
今回は何か良い物が見つかるだろうか。そう思いながら見ていると、ふと正と目が合った。
林檎は、なんとなく期待したような目で見る正にこう訊ねた。
「正さん、良かったらまたお茶でもいかがですか?」
それに対して正は、照れたように笑う。
「へへへ……ちょっとそれも期待してきたんです」
「あらあら。気に入っていただけて嬉しいです」
「それで、提案なんですけど」
一体何だろう。一瞬不思議に思った林檎に、正が言うには、隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利も誘って、一緒にお茶をいただきたいと言うことだった。
それを聞いて、林檎は笑みを浮かべる。
「そうなんですね。それじゃあ、倚子を用意して真利さんを呼んできますか」
バックヤードに入り、丸い座面のスツールをふたつ運びだし、レジカウンターの側に並べる。それから、真利を呼びに行こうと林檎は店から出ようとしたが、ふと足を止めて正に訊ねる。
「そういえば正さん。先程いただいたお菓子、真利さんに出してもかまわないかしら?」
その問いに、正はにこりと笑って返す。
「勿論です。一応、そのつもりで買って来たので」
「そうなんですか、ありがとうございます。
それじゃあちょっと、真利さんを呼んでくるのでお待ちください」
店の扉から外に出て、すぐ側に有るシムヌテイ骨董店の扉をそっと開け、中を窺う。どうやら今は、真利以外に誰もいないようだった。それを確認した林檎は、扉をもう少し開けて中に声を掛ける。
「真利さん、今お暇かしら?」
すると、椅子に腰掛けてうとうとしていた真利がはっと顔を上げて、恥ずかしそうに返事を返す。
「はい、ご覧の通り暇をしていまして。
何かご用ですか?」
すこし眠そうな真利に、林檎は更に言葉を投げかける。
「今うちに正さんがいらしてるんだけど、一緒にお茶でもどう?
正さんがお菓子買ってきてくれたのよ」
それを聞いて、真利は嬉しそうに笑みを浮かべていそいそと立ち上がる。
「お菓子を用意してくださったんですか。それじゃあありがたくいただきましょう」
真利が倚子から立ち上がり、店から出る。扉にかかった『OPEN』の札をひっくり返し、林檎と共にとわ骨董店の中へと入っていった。
中に入ると、正がスツールに座ってそわそわした様子で待っていた。林檎は正の隣に置かれたスツールを真利に勧め、レジカウンターの奥に入った。
紙袋の中に入っていたお菓子の包装を開け、花の文様が鮮やかな九谷焼のお皿を三枚出し、その上にみっつずつ、水飴で固められたあられを乗せる。それからお茶の準備だ。
棚の中から出したのは、九谷焼のカップと唐津焼のカップ、それに萩焼のカップと硝子でできたティーポット、それに銀色のパックのお茶だ。
ティーポットの中に、パックからすくい上げた緑色のお茶を入れる。その中にたっぷりとお湯を注ぎ、すこし揺らしてから中身をカップの中に注いでいった。
九谷焼のカップを正に渡しながら、林檎が訊ねる。
「そう言えば、先日お買い上げいただいた簪、お使いになっていますか?」
すると、正は残念そうな顔をしてこう言った。
「実は、彼女に貸したまま別れちゃったんですよね。それで今は手元に無いんです」
「あら……」
「簪には未練ありますけど、やっていけないって言うのにそのまま無理に付き合っててもっていう感じはしたんですよね……」
これは深くは訊かない方が良いなと察した林檎は、真利の方に声を掛け、唐津焼のカップを手渡した。そうしてから、今度はお菓子の乗った九谷焼のお皿をふたりに渡し、林檎も萩焼のカップとお皿を持って籐の椅子に腰掛けた。
いただきますをして、お菓子を囓る。固いけれどもきなこが香ばしく、優しい甘さだった。
ふと、正が呟いた。
「ここに来ると落ち着くんです」
それを聞いて、真利も口を開いた。
「そうですね。林檎さんは色々と話を聞いてくれますし、落ち着きますよね」
いつもいろんなお客さんの話を聞いているのは、真利も同じなのに。そう思い林檎はついくすりと笑ってしまう。
お茶をひとくち飲んだ正が、真利の方を向いて言う。
「真利さんのところも落ち着きますよ」
「そうですか? ありがとうございます」
「なんか、古い物って気持ちを落ち着かせてくれる何かがあるんですかね」
正の言葉に、林檎はぼんやりと思う。確かに自分は、古物に囲まれていつも穏やかな気持ちで過ごしている。人それぞれ違いは有るのだろうけれども、古物に触れて心穏やかになる人も、それなりの割合でいるのだろう。
三人で取り留めの無い話をして、それから、正がまた新しい簪が欲しいと言って。お茶を飲み終わってから、三人で棚に置かれた簪をゆったりと選んだのだった。




