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とわ骨董店  作者: 藤和
2006年
33/75

33:仲睦まじく

 日差しは和らいできたけれども、まだ暑い日が続く頃。その日もとわ骨董店ではブリキの器に氷を詰め込み、そこにお茶の入った鱒の瓶を射して良く冷やしていた。

 今日用意したお茶は、爽やかな香りが特徴の四季春と、甘い香りのキャラメルティーだ。店主の林檎は薄緑色の四季旬が詰まった瓶を氷から引き抜き、いつも使っている江戸切り子のグラスに注ぐ。瓶に栓をしてから氷に刺し、それから、椅子に座ってグラスに口を付けた。よく冷えた四季春は、ひとくち飲むとすこしの渋味と、喉を通った後に甘みを感じさせた。

 ゆっくりと冷たいお茶を楽しんでいると、静かに店の扉が開く。入ってきたのは水色の髪を肩で切りそろえ、若草色のワンピースの上に白いカーディガンを羽織った女性。それと、彼女に続いて白銀の髪を短く纏めた、ボーイッシュな服装の背が高い女性。


「いらっしゃいませ」


 持っていたグラスをレジカウンターに置き、林檎は座ったままふたりに声を掛ける。それに気づいたふたりは、軽く会釈をしてから店内を見始めた。

 彼女たちが真っ先に目をやったのは、硯が置かれている段の上の棚。そこには七宝のブレスレットやネックレス、簪に指輪が並べられている。

 その七宝のアクセサリー達は、アンティークと言うには新しい物ばかりだけれども、それなりに古い物だ。

 背の高い女性が簪や指輪を見て、時折手に取り、水色の髪の女性にどれが似合うかと、髪に当てたり指に当てたりと忙しなくしている。水色の髪の女性も、満更でもない様子だ。林檎は、そんなふたりのことを随分と仲が良いなと、微笑ましく眺めていた。

 ふと、背の高い女性が林檎の方に視線を投げ、手に黄色い七宝の簪を持ったまま側にやって来た。


「そちらをお買い上げですか?」


 そう言って林檎が立ち上がると、背の高い女性は林檎に簪を手渡し口を開いた。


「はい。こちらをプレゼント用に包んで貰って良いですか?」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 電卓に金額を打ち込んで女性に提示し、お会計の準備をしている間に、簪のラッピングに取りかかる。

 レジカウンターの引き出しに入っている半透明のグラシン紙で簪を巻き、両端を折り返してテープで留める。それから、これもまた引き出しの中から取りだした紙の造花を、唐草模様のシールで飾る。それから、紺色の紙袋に入れて口の部分を唐草模様のシールで留めた。

 お会計を済ませ、林檎がにっこり笑って背の高い女性に紙袋を渡す。


「ありがとうございます」


 すると背の高い女性は、そっと林檎の手を取ってこう言った。


「それにしても、店長さんですか?

ひとりで店番だなんて、何かあったときに困るでしょう。

私なら、あなたのように可愛らしい人をひとりにしておくなんてしないのに」

「えっ? あの」


 突然何事かと戸惑っていると、即座に水色の髪の女性がおっとりとした口調で声を投げかけてきた。


「照ちゃんステイ」

「はいっ!」


 言われるなり、背の高い女性は林檎からぱっと手を離し、紙袋を持ったまま両手を背中に回す。

 よく見ると、水色の髪の女性が背の高い女性に投げかける視線が、やや冷たいように見える。ふたりの間の雰囲気を和ませようと、林檎はこう提案する。


「ところで、外は暑かったでしょうし、冷たいお茶でもいかがですか?」


 それを聞いて、水色の髪の女性はにっこりと笑う。


「よろしいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」


 背の高い女性も、一杯飲んでいきたいようだった。

 レジカウンターの奥の棚から、青と黄色の光を湛えたグラスをふたつ取り出し、ふたりにお茶のリクエストを訊く。


「えっと、キャラメルティーの方にします」

「私もそれで」


 水色の髪の女性と背の高い女性、ふたりのリクエストを聞いて、林檎は氷の中から茶色いお茶の入った瓶を引っ張り出す。それから、栓を抜いてグラスに注いだ。

 それをふたりに手渡し、林檎はバックヤードへ入りスツールをふたつ取り出してきて、レジカウンターの側に並べる。それを、女性ふたりに勧めた。

 全員が腰掛けたところで、おしゃべりが始まる。全員で名乗り、このふたりがどこでこの店のことを知ったのかとか、そう言う事だ。


「実は、私の上司からこの店のことを聞いたんです」

「あら、照さんの上司の方が、このお店をご存じなんですか」


 照と名乗った背の高い女性の言葉に、林檎はつい驚く。それに気づいているのか、照は隣に座っている、花恵と名乗った水色の髪の女性の方を見て、くすりと笑う。


「花恵も、こう言うお店好きかなって思って、一緒に来てみたんです」

「あらあら。おふたりとも、気に入っていただけましたか?」


 照の言葉に林檎がそう返すと、花恵は満足そうに笑って口を開く。


「こう言うお店、好きですよ。

照ちゃん、また来ようね」

「ああ、そうだね」


 ふたりで興味を共有するなんて、きっと楽しいだろうなと思いながら、林檎はグラスに口を付ける。

 ふと、携帯電話の音が鳴り始めた。


「あっ、電話だ。すこし失礼します」


 どうやら照の携帯電話が着信したようだった。彼女は片手に携帯電話を持ち、持っていたグラスを花恵に渡して店の外へと出て行った。

 予定が詰まっていたところを引き留めてしまったのだろうか。そう思って林檎が不安になっていると。花恵があっけからんとした口調で言う。


「照ちゃんは仕事の都合で、よく電話来るんですよ。

いつ来るかわからない物なので、余り気にしないでください」

「なるほど、そうなんですか。

忙しいお仕事なんですね……」


 この店を始めてから、スケジュールに追われると言うことがほとんど無い林檎からすれば、仕事の電話がそんなに頻繁にかかってくる業務というのは、なかなか想像しづらい。

 余り気にしないで。と言った花恵の表情を見ると、本当に頻繁に来る電話には慣れてしまっているようだ。

 自分が誰かと出かけているとき、その誰かのところに頻繁に電話が来たら、自分はどう思うだろう。やっぱり多少はやきもちを焼いてしまうのではないかと林檎は思ったし、花恵の芯の強さに、つい感心してしまった。

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