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とわ骨董店  作者: 藤和
2006年
32/75

32:夏のひと休み

 日差しが眩しい夏の頃。近辺の学校はすっかり夏休み入りし、時折外を走って行く子供の声が聞こえてくる。

 空調を効かせ、冷たいお茶もたっぷりと用意したとわ骨董店では、レジカウンターの前で林檎と木更がノートと教科書を開いていた。


「うぎぎ……なんでこうなんのわけわからん……」

「えっとそこはね、日本史の教科書のこの辺り……」


 歴史の成績が芳しくない木更が、林檎に勉強を教えて貰いに来ている。改めて教科書を見返して、どうしてもわからないと木更が言う部分を、林檎が教えているのだ。

 歴史の授業は、中学や高校では日本史と世界史に分けて習うことがほとんどだ。だけれども、実際は日本史と世界史を同時に見ていった方がわかりやすいことも少なくない。日本国での出来事は、周りの国の出来事とも関係しているからだ。

 どうやら木更は、全体像が掴めないと覚えられないタイプらしく、それで学校で難儀しているようだった。

 話を聞きながら、一生懸命教科書を見てノートをまとめる木更に林檎が訊ねる。


「木更さん、家でも勉強してる?」


 それを聞いて、木更はぎくり。と表情を硬くする。それから林檎から目を逸らしつつ口を尖らせて返す。


「ま、まぁ、ゲームやったりもしてるけど~……」


 厳しい事を言われるのを気にしているのか、歯切れが悪い。けれども林檎は、安心したように笑ってこう言った。


「あんまり根を詰めないで、休みながらやれてるようで良かった」

「……ゲームやってるの、怒らないの?」

「だって、勉強ばっかりずっとやってると、効率悪いのよ。

勉強した後は遊んだりして休むのも大事なんだからね」


 怒る気は無いというのがわかったのか、木更ははにかんで林檎の方を向く。それから、もうすぐきりの良いところだからと、そこまですこしだけ勉強を進めた。


 木更の勉強が一段落し、すっかり喉も渇いてしまったのでお茶の時間にする事にした。

 今日用意しているお茶は一種類だけで、清涼感のある香りがする、黄色いお茶だ。


「木更さん、お茶のおかわりどうぞ」

「おー、ありがとー」


 青と黄色の光を湛えたグラスにお茶を注いだ物を木更に渡し、林檎も自分用の江戸切り子のグラスにお茶を注ぐ。それから、レジカウンター奥に有る棚から鮮やかな花の文様が印象的な九谷焼のお皿を二枚と、青く染められた金属の箱を取り出す。

 金属の箱を開け、中から棒状に丸められたラングドシャを四本取り出す。それを、二枚のお皿に二本ずつ乗せ、片方を木更に手渡した。


「はい、これおやつね」

「やった! これ好きー」


 喜ぶ木更を見て、林檎もいそいそとお皿とグラスを持って籐の椅子に座る。それから、いただきますをしてふたりでお茶に口を付け始めた。

 余程喉が渇いていたのだろう、木更が一気にグラスを空けるので、林檎はそのグラスを受け取って、もう一度お茶を注ぐ。それをまた木更に渡した。


「あらあら。そんなにこのお茶美味しい?」


 くすくすと笑いながら林檎が訊ねると、木更もにっと笑って返す。


「なんかこのお茶飲むとスッキリする。なんのお茶なの?」

「これはペパーミントね。甘くしても美味しいのよ」

「へー、甘いのもそのうち飲んでみたいね」

「もう少し涼しくなってから、ホットで甘くしても良いわね」


 すこしの間お茶の話をして、それから、木更が夏期講習の話をし始めた。


「塾の夏期講習、なんか、うーん、よくわからんかってん……」

「そうなの?」

「うん。歴史なんかは塾で聞くより林檎さんに聞いた方がわかりやすいもん」


 塾の話をしている木更の表情は、どことなく沈んでいる。きっと、楽しい話題ではないのだろう。しかし、それでもわざわざ話題に出したと言う事は、何か聞いて欲しいことがあるのだろう。その何かを言い出すまで、林檎は優しく相づちを打つ。

 そのうちに、木更がこうぽつりとこぼす。


「理恵の方が成績が良いから、なんか妙に焦っちゃって、もっと頑張らなきゃって思うのに頑張れなくて」


 ああ、これが言いたかったのだなと林檎は察する。


「そうね、理恵さんの方が成績が良いってなると、木更さんとしては焦っちゃうわよね。

でも、勉強は詰め込むよりも理解して覚えていった方が高校になってからも役に立つから、自分のペースでやっていこうか」


 林檎のその言葉にも、木更は不安そうだ。自分と一緒に育って、一緒に暮らしている理恵が、自分よりリードしているという事実は、とても重いプレッシャーなのだろう。


「自分のペースでって言ってもさ、置いて行かれそうで……」


 そう言って木更は泣き出してしまう。それを見た林檎は、一旦グラスをレジカウンターの上に置き、自分の膝の上に乗せていたラングドシャの袋を開け、中身を木更の口に差し込んだ。

 それに驚いた木更は、さくりと音を立ててラングドシャをひとくち囓る。そうしてそのまま、林檎に差し出されるままに一本食べきってしまった。

 口を動かしながらぽかんとした後、木更が涙を拭って笑う。


「甘い物食べると、すこし気が楽になるでしょ?」


 林檎の言葉に頷いて、木更は自分のお皿に乗ったラングドシャを開けて食べる。

 これからまだ数ヶ月の間戦わなくてはいけない受験生。だからこそ、ときたまこう言った休息があっても良いのだろうと、ふたりでラングドシャを囓った。

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