表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とわ骨董店  作者: 藤和
2006年
27/75

27:不思議の青銅器

 吹く風が柔らかくなり、小さな緑が芽吹き始めた頃。その日は薄曇りで、薄暗いとわ骨董店の店内も、一際暗くなっているように感じた。

 今日はあまりお客さんが来ない。そう思いながら、店主の林檎はぼんやりと棚の前に立って、銀化ガラスの瓶を眺めていた。

 虹色に光る銀化ガラスを眺めていると、ふわふわと絵画のイメージが頭に浮かんできた。それは光を求め、新しい色彩表現をしようと努力をし、それ故に世間に受け入れられなかった様々な画家の物だった。

 あの睡蓮の池は、今どうなっているのだろう。そう取り留めも無く考えていると、店の扉が開く音がした。


「いらっしゃいませ」


 入り口の方を向き声を掛けると、そこに立っていたのはオペラ色の髪の男性。


「どうも林檎さん。お久しぶりです」

「あら、緑さんお久しぶりです」

「ちょっと、見させてもらっていいですか?」

「勿論ですとも。ゆっくりご覧になって下さい」


 短く言葉を交わし、林檎はいつも座っている籐の椅子に腰掛ける。そこから緑の様子を窺っていると、どうやら古い硯を見ているようだった。

 そういえば、以前来た時に欲しいといっていたっけ。そんな事を思い出しながら、緑はどの硯を選ぶのだろうかと見守る。

 コオロギがあしらわれた硯、蓮の葉と花の意匠が施された硯、池の中を覗き込む亀が彫られた硯。どれも繊細で素晴らしい出来の物だ。

 みっつのなかから、緑がひとつ手に取って、林檎の所へと持ってきた。


「すいません、これください」


 それは亀が彫られた硯で、林檎はにこりと笑って受け取る。


「かしこまりました」


 倚子から立ち上がり、レジカウンターの中へ入る。それから、電卓に値段を打ち込み提示する。緑が会計の準備をしている間に、林檎は硯が持ち運び中割れないよう、引き出しから出したクッション材で丁寧に包み、それをクラフト紙の袋に入れテープで留める。包装した物を紺色の紙袋に入れて、口を唐草模様のシールで留めて、会計を済ませてから緑に渡した。


「えへへ、ずっとこれが欲しかったんです」


 そう言って、緑は嬉しそうに笑う。思わず林檎も嬉しくなった。


「それは良かったです。

そうだ、良かったらお茶でもいかがですか?」


 なんだか話したいことがあると言った素振りの緑にそう訊ねると、緑は照れくさそうに返す。


「実は、それもちょっと期待してきたんです」

「あら嬉しい。それじゃあ少々お待ち下さい」


 林檎はそそくさとバックヤードに入り、丸い座面のスツールをひとつ運び出してきてレジカウンターの近くに置く。それを緑に勧め、それからお茶の準備を始めた。

 レジカウンターの奥にある棚から出したのは、萩焼のカップと、金彩と色彩が鮮やかなベンジャロン焼きのカップと、ガラスのティーポット。ティーポットの中に茶葉を入れると、緑が不思議そうな顔で訊ねた。


「なんか甘い香りがしますけど、そのお茶はなんですか?」


 その問いに、林檎はティーポットを軽く持ち上げて答える。


「桃の香りがついた緑茶です。この香りが好きなので、ついつい買い置きしてしまうんですよ」


 くすくすと笑って、ティーポットの中にお湯を注ぐ。甘い香りがより広がった。

 ティーポットを軽く揺すり、カップに注いでいく。まだたっぷりとお茶の入ったティーポットをレジカウンターの上に置き、ベンジャロン焼きのカップを緑に手渡す。


「お待たせしました」

「あー、良い匂い。いただきます」


 早速カップに口を付ける緑を見て、林檎も萩焼のカップを持っていつもの籐の椅子に座る。そうすると、緑が早速話を始めた。


「そういえば、以前このお店に青銅器のマスクが有ったと思うんですけど」

「はい。そのマスクは今、博物館に入れてしまったので、ここには無いのですが」


 なぜ緑があの青銅器のことを知っているのだろう。不思議に思っていると、緑が話すにはこう言う事だった。


「実は、あのマスクを引き取った博物館が俺の職場で、いま専門チームが解析をしている所なんです」

「まぁ、緑さん、あの博物館にお勤めだったんですね」


 なるほど、あの博物館は書の所蔵も多いと聞くし、それなら書道を嗜んでいる緑の職場としては十分に納得できる。

 それにしても、あの青銅器は結局なんなのだろう。


「結局、あの青銅器はなんなんでしょうか?」


 林檎が疑問を率直に聞くと、緑は難しそうな顔をする。


「ああいった青銅器のマスクに関する文献は全く無いのに、あれ自体はもの凄く古い物なんですよ」

「そうなんですか? どの程度古い物……なんでしょうか」

「放射線検査をした結果、殷よりも前、夏王朝くらいの物ではないかと推測されてるんですよ」

「えっ、そんな古い物なんですか!」


 緑の言っていることが本当だとするのなら、あの蚤の市でふと手に取ったあの青銅器の仮面が、何故一度とは言え自分の元に来たのだろうと、そんな疑問が湧く。

 あの青銅器には緑も頭を悩ませているのだろう、すこしだけ溜息をついて、カップに口を付けている。

 けれどもすぐに笑顔になって、林檎に言った。


「でもまぁ、解析するのは専門チームですから。俺は結果が出るのをゆっくり待つだけです」

「確かに、そうですよね」


 緑は硯を買うだけでなく、この話をしたくて今日ここに来たのではないかと林檎は思う。


「とりあえず、今は美味しいお茶を楽しみたいですね」

「うふふ、ゆっくりしていって下さいね」


 仕事でつらい時もあるだろうけれども、ここでこうやって息抜きをできるなら、それはそれで良いのではないかと、林檎もお茶に口を付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ