21:鉱物を求めて
日差しはすこし和らいだ物の、まだ暑い日が続く頃。とわ骨董店では冷たいお茶を用意して、やってくるお客さんを待っていた。
ふと、籐の椅子に座っていた林檎が立ち上がり、レジカウンターの内側にはいる。奥にある棚から香炉を取りだし、引き出しから銀葉と炭団、ライターを取り出す。空調の加減が難しく、すこし冷えすぎになってしまっているので、お香を焚いて気持ちだけでも温かくしようと思ったのだ。
香炉の中の白い灰に穴を空け、炭団を入れる。それからライターで火を点けて、灰を被せた。その上に銀葉を乗せ、引き出しから小瓶を出して、その中に入った黄色い粒をくべた。
甘く、重い、馥郁たる香りが煙と共に立ち上る。香りのおかげか、どことなく体が温まった感じがした。
ふと、店の扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
林檎が声を掛けてそちらの方を見ると、入ってきたのは背の高い銀髪の女性、紫水と、彼女よりもすこし背の低い空色の髪の男性だった。
ふたりは軽く会釈をしてから店内に入り、棚の上をしげしげと見ている。仏像の首と、その隣に置かれた赤い線で絵付けされた陶器。翡翠色や水色の青磁、古い鍵や銀の器をじっくりと見て、ふと、男性が顔を上げて呟いた。
「コパルだ」
それを聞いた紫水が、不思議そうな顔をする。
「え? コパルなんてどこに置いてある?」
「置いてあるんじゃなくて、今焚かれてるお香」
まさか、あの男性がこの香りを知っているとは思っていなかったので、林檎は驚き、思わず訊ねてしまった。
「もしかして、お香を嗜んでおられます?」
突然の質問に驚いたのか、男性ははにかんで林檎の方を向く。
「お香というか、コパルは燃やすと良い匂いがするって聞いて、燃やしたことがあるんですよ」
「あら、そうなんですね」
コパルの方に興味が向いていると言うことは、他の鉱物にも興味があるかも知れない。そう思って、男性が今向かっている棚の向かいにある棚に目をやる。すると、彼もつられて林檎の視線を追う。そこには幾つかの鉱物が並べられていた。
「へぇ、こう言うのもあるんだ」
「そうそう。この赤いのとかかっこいいよな」
興味深そうに鉱物を見ている男性と、並べられている赤い辰砂に手を伸ばす紫水。突然、男性が紫水の手を掴んで止めた。
「その石には迂闊に触れるな」
「え? この石なに?」
「辰砂」
「あっ、なるほど」
辰砂はそこまで危険な石だろうか。水銀が滲み出ているというのなら、確かにそれは注意するべき物だけれども。
それにしても、あのふたりはそれなりに鉱物に詳しそうだ。辰砂以外の、黄色く光る黄鉄鉱、白く不透明なオパル、何枚もの花弁を模った砂漠の薔薇を手に取って、興味深そうに見ている。
「この砂漠の薔薇、どっち?」
「重晶石だな」
あの男性は、紫水の師匠と言った感じなのだろうか。紫水の鉱物に対する疑問に、丁寧に答えている。
ふたりはしばし鉱物の話をして、それから、男性が黄鉄鉱を、紫水が砂漠の薔薇をレジカウンターに持ってきた。
それぞれに値段を提示し、会計をすませる。持って帰る間に石が割れてしまわないようクッション材で丁寧に梱包をしながら、林檎が話し掛ける。
「石がお好きなんですか?」
その問いに、紫水が照れたように笑って答える。
「そうなんです。元々気にはなってたんですけど、こいつと一緒にフィールドワークに行くようになって、それですっかりハマっちゃいました」
「あらあら、それは楽しそうですね」
石の話をしているうちに梱包が終わり、紺色の紙袋に入れた石をそれぞれに渡す。それから、林檎はまたふたりに訊ねる。
「ところで、冷たいお茶でもいかがですか?」
それを聞いて、男性はほっとした表情になる。
「良いんですか? ありがとうございます。
外はまだ暑いので、助かります」
「そうですよね。それでは、少々お待ちください」
男性の言葉に、林檎は早速バックヤードにスツールを取りに行く。ふたつ運び出してレジカウンターの側に並べ、ふたりに勧める。
ふたりが座ったところでレジカウンター奥にある棚から、青と黄色の光を湛えたグラスをふたつ取りだし、並べ、訊ねる。
「お茶はどちらに為さいますか?」
ブリキの器に詰まった氷から鱒の瓶を引き抜き、ふたりに見せる。片方には黄緑色のお茶が、もう片方には赤いお茶が詰まっている。
「えっと、それじゃあ赤い方を」
男性がそう言うと、紫水も赤い方にするという。
赤いお茶をふたつのグラスに注ぎ、ふたりに手渡す。それから、林檎が使っている紫色の江戸切り子のグラスにも注いだ。
林檎も江戸切り子を手に持ち、籐の椅子に座る。それから、取り留めのない話をはじめた。男性や紫水が石に興味を持ったきっかけや、フィールドワークではどんなことをするのか。鉱物の資料的価値など、そんな話だ。
話が盛り上がったところで、林檎は紫水だけでなく男性にも親しみを感じ、こう訊ねた。
「ところで、お名前を伺ってもよろしいですか?」
男性は、自分が訊かれたというのをすぐにわかったようで、にこりと笑って答えた。
「アザミっていいます。よく女の子みたいな名前だって言われてなんというか……」
歯切れの悪いアザミの言葉に、林檎は微笑んで返す。
「あら、そうなんですか? でも、すてきなお名前ですよ」
すると紫水も続いて口を開く。
「そうだよ。お前の名前かっこいいっていつも言ってるじゃん!」
「お前の判断基準、大体かっこいいなんだよな」
ふたりのやりとりに、林檎は思わずくすりとする。そうしているうちに、ふたりはそろそろ店を出ようかという話になった。
店の入り口までふたりを見送ると、紫水が照れくさそうにこう言った。
「林檎さん」
「はい、なんでしょう」
「また遊びに来てもって言うか、来ても良いですか?」
そんなにこのお店を気に入ってくれたのかと、林檎はつい嬉しくなる。
「もちろん、またいらして下さい。お待ちしていますよ」
それを聞いて、紫水は嬉しそうに笑った。




