13:甘酒と新春
年が明けてしばらく経った日のこと。この日は快晴だけれども、そのせいかひどく底冷えしていて、とわ骨董店の店主である林檎は、暖を取るのと喉を潤わすのを兼ねて、温かい甘酒をゆっくりと飲んでいた。
この甘酒は家から作って持ってきた物で、鍋に注ぎ入れ、レジカウンターの上に置いたIHヒーターで温かい状態を保っている。
新春らしい味を折角だからと、隣のシムヌテイ骨董店の店主の真利にも、水筒一本分渡したのは開店前の時間だった。今頃隣の店で、真利も同じように甘酒を飲んでいるのだろうか。あちらには、甘酒を温めるのに丁度良いだるまストーブがあったな。そんな事をふわふわと考える。
手の内にある萩焼のカップが空になり、もう一杯甘酒を注ごうと、倚子から立ち上がりおたまで鍋をくるりと混ぜる。とろけるように甘い香りが広がった。
ふと、店の中に冷気が流れ込んだ。
「いらっしゃいませ」
入り口の方を振り返りそう声を掛けると、そこには茶色い膝丈のコートを着た、黄みがかった緑色の髪をショートに纏めた男性が立っていた。
「……お久しぶりです」
林檎と目が合うと彼はそう言ってはにかむ。首元のマフラーには、深紅のつまみ細工の花が乗っている。その花を見て、林檎はにこりと笑みを返す。
「お久しぶりです。そのブローチ、とてもお似合いですよ」
「えっと、えへへ……ありがとうございます」
男性は照れた様子を見せてから、手に持っている紙袋を林檎に差し出した。
「実はこのブローチ、仕事先で見せたらすごく好評だったんですよ。
それで、良い物をいただいたお礼にと思ってお土産を持ってきたんですけど、良かったら召し上がって下さい」
「あら、こちらこそありがとうございます。ありがたくいただきますね。
良かったら一緒に召し上がって行きますか? 温かい甘酒もありますし」
まさかそこまでつまみ細工のブローチを気に入って貰えただなんてと、林檎は嬉しく思う。嬉しさ混じりのお茶のお誘いに、男性もチラチラとレジカウンターの上の甘酒に目をやっている。
「良いんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて。
その前に店内を見させていただきますね」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
紙袋を受け取りいつもの椅子に座ると、男性は棚の上に置かれた仏像の首をしげしげと見てから、その向かいの棚に置かれた色鮮やかに絵付けされた陶器の破片や、鋭い線を描く鉱物の上をじっくりと視線で撫でた。
それから目を留めたのは、前回来た時と同じように、螺鈿の箱と寄せ木の箱に収められた布の花だった。
寄せ木の箱からオレンジ色の花が付いた簪を手に取って、男性が林檎に訊ねる。
「すいません、短い髪でも着けられる簪ってありますか?」
「短い髪で、ですか?
専用の物があると言うよりは、短い髪に着ける方法が有ると言う感じなので、そうですね、一本刺しや細い物でしたら、大体着けられますよ」
「そうなんですか? あの、着け方を教えていただくのは……」
「もちろん、お教えしますよ」
深紅のつまみ細工と同じように、彼は自分で簪を着けたいのだろうなと察した林檎は、レジカウンターの引き出しから赤い髪ゴムを一本取りだし、それを持って男性の元へ歩み寄る。
「失礼します。えっと、ゴムで髪を結わえて着けるんですけど、えっと」
林檎は手を上げて男性の髪を結わえようとするが、自身の背が低いのと男性の背が高いのとが相まって、結わえることができない。
それに気づいた男性が、腰をかがめて螺鈿の箱の横に立てかけられた鏡を覗き込んで言う。
「これで届きますか?」
「ありがとうございます。すいません、お手数おかけして」
「いえいえ、俺も教えて貰う側ですし」
軽くやりとりをして、髪を触る許可を男性から得て、林檎は男性の髪を一房、ゆるめに髪ゴムで結わえ、結わえた上にオレンジ色の花が咲いている簪を差し込んだ。それから、髪ゴムの部分を左手で押さえ、オレンジの花の部分を右手で持って、それが下に来るように回す。簪の先が上を向いたところで、花の部分を持ち上げ、簪の先を髪ゴムで結わえた部分にまた差し込み、安定する深さまで入れて、それを男性に見せた。男性が驚いたような顔で呟く。
「思ったほど難しくないんですね」
「そうですね。髪ゴムで結わえてからですと、髪が長くても安定しやすいのでお勧めですよ」
「なるほどなー」
上機嫌になった男性が、早速その簪を購入するというので、林檎は簪を受け取ってからレジカウンターに周り、金額を打ち込んだ電卓を提示する。男性が支払いの準備をしている間に、クラフト紙の紙袋に簪を入れ口を折り、それを更に紺色の紙袋に入れて、口の部分を唐草模様のシールで留めた。
すっかり会計も済ませ、先程言った通り、一緒に甘酒とお土産をいただこうと、林檎がバックヤードに入ろうとしたその時、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
振り向いて声を掛けると、そこに立っているのは、林檎ほどではないにしろ、背の低い男性だ。彼がにこりと笑って言う。
「お久しぶりです」
「あらあら、こちらこそお久しぶりです」
林檎が彼と以前会ったのは、いつだっただろうか。随分と時間が経ってしまったような気はするけれど。そう思いながら、林檎は一緒に甘酒はどうかと彼に訊ねる。すると彼は、レジカウンターの前に立っている男性にも微笑みかけた。
「よろしいのですか? そちらの方も一緒だと、なお楽しそうですね」
それを聞いて、緑の髪の彼は照れたように頷く。特に異論は無いようだと判断した林檎は、そそくさとバックヤードからスツールをふたつ用意して、彼らに勧める。
ふたりが座り、どのカップを使うかで悩んでいる時に、林檎がふたりに声を掛けた。
「それにしても、こんなに何度も来ていただけるなんて。お名前を伺ってもよろしいですか?」
突然の問いだからか、緑の髪の男性がすこし戸惑った様な表情をする。一方の背の低い男性は、にこにことした表情で答えた。
「僕はハルと言います。そちらは?」
それで、林檎は自分から名乗っていないことに気づいた。花柄が鮮やかな九谷焼のカップと、茶色のグラデーションが落ち着いた備前焼のカップを用意しながら、恥ずかしそうに返す。
「私は林檎と申します」
続いて、緑の髪の男性が口を開く。
「俺は正って言います。今後ともよろしく」
「ふふふ、こちらこそよろしくお願いします」
笑みを浮かべながら、林檎は甘酒をカップに注いでいく。九谷焼のカップを正に、備前焼のカップをハルに渡し、それから、先程正から受け取った紙袋を見てこう言った。
「正さん、これ、今お出ししても良いかしら?」
「もちろん良いですよ。三人で食べましょう」
お土産を持ってきた正から許可を得たところで、分けるために紙袋をバックヤードへと持っていく、その時に背中からこう聞こえた。
「正さん、その赤い花のブローチすてきですね」
「あ、ありがとうございます。これ、前にこのお店で買った物で」
「そうなんですね。僕もそういうの欲しいなぁ」
どうやら、お客さん同士で話が弾んでいるようだ。やりとりを聞いているうちに、自分も早く輪に加わりたいと、準備をする手を早めた。




