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とわ骨董店  作者: 藤和
2004年
1/75

1:ふたつの骨董店

 都内だけれども閑静な、人通りの少ない住宅街にその店は有った。

 木造の二階建てで、屋根には瓦が敷き詰められ、所々に苔と雑草が生えている。

 店の入り口は正面にふたつで、どちらも和風な屋根には不釣り合いな、アール・デコ調の装飾が施された木の扉だ。向かって左側には『商い中』の札が、向かって右側には『OPEN』の札が掛かっている。

 ふと、両方の扉からひとりずつ人が出て来た。

 左の扉から出て来たのは、かすりの着物を着て袖をたすきで留め、手の甲を蔽うグローブを着けた小柄な女性。深紅の髪を留めている髪飾りを揺らしながら、『とわ骨董店』と書かれた、膝の高さほどの白い看板を扉の横に置いている。

 右の扉から出て来たのは、きっちりとタックの入ったスラックスと六つボタンのベストを着て、第二ボタンまで開けたシャツの隙間から滴型の赤い七宝が並んだネックレスを覗かせている、華奢だけれども背の高い男性。少し刈り上げた後ろ髪から斜めのラインを繋ぐ長めの前髪を、指で払いながら黒い看板を扉の横に置いている。その看板には『シムヌテイ骨董店』と書かれている。


「いやー、真利さんに会うの久しぶりね」


 着物の女性が、男性に話しかける。真利と呼ばれた男性は、にこりと笑って女性に返事を返す。


「そうですね。仕入れをしていると二週間なんてあっという間に感じますけど、半月ですからね。

僕が留守にして居る間、林檎さんはどうでした?」


 そう訊ねられたので、林檎と呼ばれた女性は片手を腰に当てて、真利が居なかった間の話をする。いつもの常連さんが来て話をしていっただとか、林檎の店では無く真利の店に用事があった客に、なんで店が休みなのかと訊ねられたとか、そんな話だ。


「慣れてるお客さんは良いんだけど、偶に仕入れって言うのが何なのか理解しない人も居てね、ほとほと困ったわよ」

「それはご迷惑をお掛けしました。

でも、林檎さんが仕入れに行って店を閉めてるとき、僕も似たようなことありますからね」

「骨董品がその辺から沸いて出るって思われると困るんだけどね」


 少しだけ愚痴を言い合って、挨拶をして、ふたりは出て来た扉を開けて店の中へと戻る。これから数時間、お互いひとりで自分の店を見なくてはいけないのだ。


 林檎が自分の店に戻り、一息つく。今年も今日から営業が始まって、きっと忙しなくも穏やかな日々が来るのだろうと、そう思った。

 オープンからしばらく、数人のお客さんが店内を眺め、時折ちょっとした小物を購入して去って行ったあと。ドアがそっと開いてこう聞こえてきた。


「林檎さん、お客様からお菓子をいただいたので、ちょっと休憩して一緒にいただきませんか?」


 ドアの向こうから覗き込んで茶色い紙袋を見せる真利に、林檎は嬉しそうに答える。


「あら、それじゃあありがたく。

お茶淹れるけど、なにが良い?」

「そうですね、お願いをきいていただけるなら、安吉緑茶が良いです」


 いたずらっぽく笑う真利に林檎は、また珍しく高級なお茶を要求するのね。等と言いながら、バックヤードから丸い座面の木でできたスツールを用意し、店の奥に有るレジカウンターの側に置き、お茶の用意をする。


「真利さん、どうぞ座って」

「はい。それでは失礼して」


 真利が倚子に座ったのを見ながら、林檎は電気ポットから大きめの白いマグカップに一旦お湯を注ぎ、それを高い位置から茶葉を詰めた小さな急須へまた注ぐ。青く甘い香りが広がった。

 急須を手に持ちくるりと底を回してから、レジカウンターの上に用意して置いた、白い縁付きの茶色い萩焼のカップと、白と黒のコントラストが印象的な唐津焼のカップにお茶を注ぐ。

 唐津焼のカップを真利に渡し、引き換えに紙袋を受け取りこう訊ねる。


「それにしても安吉緑茶をおねだりするなんて。どんなお菓子をいただいたの?」


 そう言いつつ袋の中から取りだしたのは、金色の箔で枠と文字が押された赤い箱。それを見て真利がくすりと笑う。


「麻花ですよ。新年らしいでしょう」

「なるほど。これだと納得だわ」


 箱の蓋を開けると、二本の棒をねじったような形をした、小振りで茶色いお菓子が沢山入っている。それを、鮮やかな色で花が描かれた、九谷焼の小皿二枚に分けて乗せ、片方を真利に渡す。それから、林檎もカップとお皿を持って、いつも座っている籐で編まれた椅子に座る。


「それじゃあ、いただきましょうか」


 林檎がにこりと笑って言うと、真利もいただきますと言って麻花をひとつつまんで口に運ぶ。

 しばらく、真利が仕入れ旅行に行っていた時の話をしていたけれども、ふと、真利が店内を見渡してこう言った。


「でも、林檎さんのお店も随分と珍しい物が置いてありますよね」


 ぐるりと店内を見渡す真利の視線は、店の両脇に置かれた棚の上にある、絵付けされた陶器の破片であったり、欠けるところの無い陶器の器であったり、仏像の首や七宝のアクセサリー、象眼細工の小箱、布でできたつまみ細工の花、それに、骨董品では無いけれどもそれぞれに不思議な形をした鉱物の上などをするすると移動していった。


「私からすれば、真利さんのお店も珍しい物ばかりだけど」


 お互い、専門分野が違えば慣れている物も違うだろうと笑い合って、お茶を飲む。

 こうして、いつも通りの穏やかな時間が過ぎていくのだった。

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