男の話
私の使い魔は何か変だ。
「……御勤めご苦労。餌だ」
くるっぽー
ねぎらいの言葉とともに差し出された、それなりに高品質な青虫を、目の前の鳩は「こんなゴミいらん」と言わんばかりに外に放り投げた。
そしてじっとこちらを見つめ直して。
くるぽー
一鳴き、まさに「わかってんだろ」と、睨みつけてきた。
「……ほら、いつものだ」
そういって、懐から今日のつまみとしてかっておいたビーフジャーキーを取り出すと、目の前の鳩に放り投げた。
そいつは器用にも嘴を用いて空中キャッチをすると、満足そうに一飲みして。
くるぽー
「もう無いぞ!無いんだからな!あ、くそっ、つつくな!抗議しても出てこないんだよ!」
まるで人のように、そう、盛大にしたうちでもするかのように「くるっぽ」と鳴くと、やつはいつもの場所ーーーー窓際に設置した巣箱、相手は居ないーーーーに潜り込んで、すーすー眠りだした。
静かになった我が作業部屋に、そうして静寂が訪れ。
「やっぱり、おかしい」
あいつの異様さを、俺はしっかりと再認識したのだった。
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魔術大国ウェスト
その宰相の秘書官の補佐官の補佐室の事務員というのが俺の職業だ。
仕事は基本的に宰相が仕事をするために必要なデータを揃えたり、計算したり、手紙を出したり。
俺自体が末端の末端の末端だから、仕事も単調な物が多い。そして量も多い。
下へいくたびに指数関数的に必要な書類が増えていく我らが公務員である。
手紙一つ出すために、そろえる書類の枚数はその倍。
高位貴族へ手紙を出そうとすれば……考えたくもない。
根回し、指示待ち、返事待ち。書類を出す前にやる事だってこんなにある。
故に、俺たちのような下っ端役人はこぞって鳥、とにかく空を飛べる小型動物を使い魔にする。
当然俺もその一人。
就職決定したその日に使い魔を獲りに行ったのだが、そこで捕まえたのが、今の使い魔。
噂を元に、おもしろ半分期待半分で言ったのだが、奇跡的に捕まえてしまった。
『魔物がはびこる魔の森で、飄々と暮らす鳩が居る』
笑って聞き流すには、少々無理があり、躍起になって探すには、余りに信憑性がない。
そんな微妙なラインを行く珍妙な噂だった。
魔の森といえば、基本的には魔物しか住まない領域のことを指す。森以外にも「魔の〜」といえば、大抵が魔物の住処だ。
魔物というのは生物としてのスペックが非常に高い。それ以外の動植物は基本的に魔物には対抗できない。
だから、普通の生き物は近寄らないし、迷い込んだら大抵餌になってしまいである。
「本当に、何者だよ。あいつ」
「いいじゃん、使えるんだから。魔物ほどにつえーわけじゃないけど、普通の鳩よりは便利だろ?」
「そりゃ……まぁ」
「じゃ、文句なんか言わずに、ちゃんと労ってやれよ」
確かに、役には立っている。
隣町に手紙を出そうとすると、魔の森をぐるりと回るという遠回りをするところを、あいつは魔の森をぶっちぎって直線上に飛んでいく。
馬鹿げている。
なぜ魔物は奴を餌にと考えないのだ。
「だが……とんでもないわがままで、すけべだぞ、あいつ。だから、なんというか、褒めづらい」
「ハァ?すけべ?そりゃ動物だ。年がら年中異性のことを考えているさ」
「いや、なんというか。違うんだ。お前は犬を見てムラムラするか?」
「……なめてんのか?するわけねーだろ。それとも、半獣人のこと言ってんのか?フツーに差別用語だぞ、公務員。口を慎め〜」
「それと同じで、あいつは人間の、それも美人に弱い」
友人が、固まった。
そしてしばらく俺の言ったことを考えているのだろう。
眉根を寄せて、難しい顔をしながら、そして気遣うように失敗した笑顔を浮かべて肩を叩いてきた。
「や、休もうぜ、兄弟。きっとお前疲れてんだよ。今日でもう五連勤だろ?」
「そうだな、金の日だから今日で五連勤だな。あと疲れているわけじゃなく、本当のことだ」
「動物が人に発情するかよ。それこそ犬猫じゃあるまいし」
「……一応、そういった例がないわけではないそうだ。ただ、あいつの場合本当に露骨でな。胸や尻に触りたがる」
犬猫に限らず、人に発情するという例はある。
自分を人だと思い込み、飼い主に向かって求愛行動をとる例はあり得るし、だいたいの原因も解明済みである。
だが、「求愛行動をとる」のであって「人のように胸・尻に露骨に視線を送ったり、触りに行ったりする」という例は、ないらしい。
「俺だって、最初は勘違いだと思ったさ。ただな、女性職員から一気に苦情が来たんだよ。『お前、使い魔でセクハラしてきてんじゃねーよ!!』ってな感じで」
「で、実際は?セシリアちゃんの今日の下着の色は?」
「ライトグリーン。それは置いといて、バカバカしいって放置してたら、どんな時に、どうやってっていう詳細な報告書まで上がってきてな……」
「ああ〜、一時期お前が出勤しなくなってたのってそういうことか。………ちょっと待て」
あれは、本当に災難だった。
いつもは天使もかくやという一流揃いの女子職員が、魔界のオーガ(♀)とも見違える表情で、サムライブレード片手に俺を追いかけまわしてくるのだ。
正直死ぬかと思ったし、ちょっと漏らしそうにもなった。
石畳の上で「セイザァ」なるものをさせられ、報告書を手渡され、ガーリックチキン一歩手前な我が使い魔とともに3時間ほど女子寮の正面玄関で屈辱的な貼り紙とともに折檻である。
「親父にはあと少しで勘当食らうところだったし、セシリーにはひと月ほど口をきいてもらえなかったし、女子の目線が永久絶対吹雪並みに冷たかったんだぞ」
「おい、待て、ほんと待て、お前、マジか、え、ちょ、え」
そんな仕打ちを受けてから、あの使い魔の様子は多少おとなしくなったものの、喉元過ぎればなんとやら。最近またセクハラじみた行動をとるようになってきた。
「あいつ、今度こそ近いうちにガーリックチキンにされるんじゃないだろうな……」
「聞けよっ!なぁ!おい!」
それなりに使えるやつだ。そのままイランと切り捨てるにはもったいない。
通常の鳩の使い魔の、半分ほどの時間で手紙を届けるのだ。さすがに惜しい。
「まあ、とにかく、そんなわけであいつは色々とおかしいやつだ。使い魔と意思の疎通の取れる魔術なんか発明されたら、俺も巻き添えを食らいかねない。早々になんとかあの悪癖をやめさせたいんだが、なんかないか?」
「あああああああああアアアアアア先にセシリアちゃんとの関係をはっきりさせろやおらあああああああアアアアアア!」
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結局友人は発狂したのち、使い物にならなくなったので置いてきた。
時間ももう夕暮れ時、つまりは退庁の時間になっていたのでちょうどよかった。
自分の仕事部屋に戻ると、そこにはクルポクルポーと寝言?をこぼして居る我が相棒の姿が。
ついでに机の上に散らばったビーフジャーキーの姿も。
「……」
思わず水魔法の準備をしてしまいそうになるが、動物愛護の観点からも、使い魔へのコストの観点からも、攻撃系のものから生活魔法へと切り替えることを選択。
散らばった机の上をさっと水で流し、風魔法で簡単に乾かす。
そしてついでに脚に紐を縛り付け、対使い魔用拷問器具、羽根つきペンでペシペシ叩く。
「クルッポォォおおおお、お?」
「おい、駄鳩。人のつまみはうまかったか」
「クルぽ」
「よし、継続」
断末魔にも似た鳩の声を聞きながら、とりあえずはセシリーへの誕生日プレゼントを考えることにした。
全くもって、この使い魔は、狂っているとしか言いようがない。それとも俺が狂っているのか。
人間味のある鳩なんて、つくづく使い魔にするもんじゃーない。
ひとまずは、そうやって自分の中で折り合いをつけていこう。いずれ丁度いい結論が自分の中で生まれるはずだし。
夕暮れを背景に、とにかくしばらく拷問を続ける私の姿は、セシリー曰く「友達どうし」とのことらしい。それはそれで、なんというのだろう。まあ、結論を出し急ぐのもよろしくない。