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『思い人』シリーズ

思い人:『残骸』

作者: 微風シオン

思い人:『影』の続編です。

 暑い日々が続き、セミが鳴き続ける季節『夏』――。

この季節になると町は蒸し暑い空気に支配される。

春の頃に起こったあの事件の話題は既に息をしていない。

過去の事件など、みんなの記憶には他人事のようにしか聞こえないのだろう。


それは当然と言えば当然なのかもしれない。

自分と関わりのない事件をいつまでも覚えておくだろうか?

答えは「ノー」だ。みんなそう言う。


「あのーすいません。人を探して欲しいのですが」


夏の中でも特に猛暑であったその日の夜――。

神原修一の探偵事務所へ一人の依頼人がやってきた。


「依頼は結構ですよ。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか」


男は自らを五十嵐翔いがらし しょうと名乗った。

四十代ほどのその男はワイシャツを着て、ズボンはスーツのもの。

手に持っているカバンから見ても会社の帰りといった所だろうか。


「娘を探して欲しいんです」


「分かりました。身分証明書とかあります?」


「はい」


男は懐を探って財布を取り出す。

しかし、財布の中には身分証明書となる免許証が見当たらない。


「すいません、家に忘れてしまったみたいで。後でもいいですか?」


「ええ、構いませんよ。ところで、娘さんはいつからいなくなったんですか」


神原のその質問に自身の汗をハンカチで拭きながら五十嵐は答える。

娘がいなくなったにしては妙に冷静だ。


「それが、私が帰宅した後に祭りに行くと言って山の中にある神社へ一人で行ったきり……」


五十嵐が言うには『娘は十歳』で浴衣姿で、一人で祭りに行かせたのは大した距離ではなかったから大丈夫だろうと判断したからだ。夏休みに起こった事件の依頼、毎年色々と似たような事故などの話も聞く。

とにかく、現場となる山が近いという五十嵐の家へと向かった――。


その家までは探偵事務所から車で十五分ほどだろうか。

五十嵐は運転中にタバコを吸って窓から投げ捨てている。

マナーが悪いというべきだろうか。だが、神原はそのことに関しては黙っていた。


「はい着きましたよ、僕の家です」


五十嵐の家に着いた。庭の周りには縁側が広がっている。

その後、玄関に置き去りにされていた身分証明書である免許書を見せてもらった。


「免許はああ、あった」


免許なしで運転していたのは危なかったといえる。

だが、たまたま忘れたというならよくある事だと五十嵐は笑っていた。

免許証には確かに顔写真付きで『五十嵐翔』と書いてあった。


「確かに。ところで、警察にはもう通報されたんですか」


「ええ、しましたよ」


五十嵐は神原の目を見て答えた。


「分かりました。後はこちらで調査しておきますので、何か分かったら連絡します」


五十嵐は帰る神原に『お願いします』と頭を下げた。

この時点で神原は確信していた。

『娘はもう生きていないだろう』と――。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


翌日、神原は警察署へと出向いた。

少女についての手掛かりを聞きこもうとしたのだ。


「ああ、神原。あの時はマジで助かったよ」


話しかけて来た刑事は春の事件が発生した際に殺害現場で会っていた人物で神原の幼なじみだ。

名前は「原宗司はら そうじ」あの事件現場で再会して以来、彼からも協力してもらっている。


「ところで、宗司。少女の失踪事件について心当たりないかな」


「少女の失踪か、それなら失踪した彼女の父親から通報があって今探している所だよ」


「そうか、ありがとう」


警察にも届けが出ている。

神原は写真を見せてもらった。

それは、今日未明に父親が撮った写真だった。


「確か浴衣姿で、神社の祭りに行くって言って行方不明になったんだよな」


「いや、彼女は父親と一緒に海の近くの花火大会に参加していた時に行方不明になったらしい。しかも父親の車まで盗難されたらしいんだ」


矛盾するその原との会話で

神原は、全てが分かった――。


「謎は見えた……」


神原は五十嵐の家へと再び向かった。

移動手段は徒歩で、息を切らしながら走りだした。

数十分後、五十嵐の家に到着する。人差し指でインターホンを鳴らして呼び出す。

ドアの前から足音がして、五十嵐が姿を現した。


「あー、探偵さん。手掛かりが見つかったんですか?」


「手掛かりどころか、全貌が見えました」


「全貌とは」


「事件の全貌がね」


その台詞は周りの空気を一変させる。

刹那、風は止み、セミの鳴き声すら聞こえなくなった。


「娘さんの名前は?好きな食べ物は」


「なんですか急に」


「いいから答えてください」


神原は五十嵐に質問を迫った。

それは、五十嵐が犯人ではないかという疑いから来ていた。

投げかけた二つの質問は父親なら答えられるものだ。

だが、五十嵐は動揺したのか、口を開かなかった。


「沈黙が答え、それが真実ですよ。殺してこの家に遺体を隠してるんでしょう、五十嵐さん」


手掛かりは単純なものだった。家の周りに子供が住んでいたような形跡がない。

家に縁側だけがあって子供の物が何一つなかったのだ。

だが、そんなものは小さな事に過ぎない。

『娘の名前』が言えない。こちらの方が決定的だろう――。


「あなたは親ではなく、誘拐犯で少女は既に殺害済み。警察に届け出たのは本物の父親であなたではない」


「何を根拠にそんなことを」


「まだありますよ、僕を初めて車に乗せた時にタバコを吸い殻に捨てなかったのは盗難車だったから」



盗難車の持ち主は恐らく、タバコを吸わない人間で喫煙者である五十嵐は外に捨てるしかなかった。

喫煙者の車ならタバコの匂いが充満しているはずだが、五十嵐の車は無臭だった。

以上の点から『誘拐犯で少女を家に連れ込んで殺害した。車も盗難したもの』という結論に達する。


「僕の推理、間違っていますかね」


神原の推理ショーになすすべがなく、全ての事が図星であった五十嵐は――


「私が……やりました、少女は心臓をナイフで刺して磔にしてます」


五十嵐が罪を認めた。そこまで看破されて豪語したからには警察にも通報済みだという事。

もはや、抵抗は無意味だと悟った。


直後に神原の通報から警察が現場に到着し、五十嵐は逮捕された。

少女の遺体は五十嵐の言った通り、家の中で磔にされていた――。


今回の『思い人』が起こした事件はどこまで人が覚えているのだろう。

神原は依頼を果たしても、報酬は貰えなかった。

現場でセミよりも大きな声で泣きじゃくる本物の父親は

神原の事すら知らないのだから――。














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