第9話 これぞまさしく三位一体攻撃!
その姿を目にした時、僕らはみなその場で硬直してしまった。
それぐらい宝来は異様だった。
見開かれた両目は血走っている。口はゆがんだ笑顔を作っている。その口からは、絶えずあの笑いが漏れている。そして一番異様だったのは、手に握られている小振りの斧だ。彼は構えたその斧を後ろに引くと、目の前にある鳥居の左側の柱めがけて打ち込んだ。
刃先は深く柱へと食い込んで、コーンという打音が空へと抜ける。その音が消える間もなく、宝来は食い込んだ斧を引き抜いて、ふたたび柱めがけて打ち込んだ。
「なにやってるんだ、宝来!!」
三度目のフルスイングをした宝来の血走った目が、僕らをジロリと見やる。
(わ、マズい)
森の中を駆けていたようなスピードで来られたら、一溜まりもない。
「逃げるんだ!」
僕は前方へと走り出した。後方は神崎家の母屋がある。宝来がいる二基目の鳥居は右手にあり、左は神社の社。一番逃げ道がありそうな前方を選んだのは、咄嗟の判断だ。
前方には授与所がある。あの中に逃げ込めれば、あるいはとそう思っていた。
しかし__
横から襲ってきた宝来のスピードは、想像を遙かに超えていた。およそ宝来とは思えない身の軽さで、斧を振り上げてやってくる。
『ソノムスメヲ、ヨコセェェエエエ!!』
やっぱり神薙さんを狙いに来た。
こうなったらもう僕が行くしかない。いままでいい加減なことをしていたツケを払わなければならないだろう。もっと早く事件を解決しようとしなかった僕が、すべて悪かったのだから。
けれど、ふたりの前に出ようとした僕を、子門が後ろから引っ張った。
「止めるな、子門」
「一か八かだけど、俺がやる!!」
子門は脇に挟んでいた聖書を取り出すと、大きく身構えた。
斧を振りかざしてる宝来はもうすぐ来る。
軽くその場でジャンプした子門は、聖書を持った手を大きく反らし、全身を使って聖書を投げつける。
分厚い本はまるで矢のごとく、斧を持った宝来の右手めがけて飛んでいった。
『グァァァアアア!!』
「よし!」
見事命中。ガッツポーズをする子門。斧は、聖書とともに宝来の後方へと吹っ飛んでいた。さすがはハンドボール部の副部長だ。
“聖書ってそんな使い方していいんだっけ?”
という疑問が僕の頭に全く浮かばないほど、見事なジャンピングシュートだった。
「神をお赦しください」
子門は小さな十字を胸で切った。
だが斧がなくなったからと言って、宝来が止まったわけじゃない。衝撃で一度は止まった宝来が、両手を突き出すようにしてふたたび襲ってきた。目をむいて、口を大きく開けて、まさに化け物だ。
「今度こそ、僕が……」
「私がやります!!」
前に出ようとした僕の前に、神薙さんが立ち塞がった。
彼女は体をやや斜めにして、矢を引く時のように鳴弦を持って大きく構える。
「行きます!!」
彼女の右手を伸ばし、人差し指で弦を引っかけて後方へと引っ張った。
大弓はしなやかに湾曲する。宝来はもう目の前。その彼に矢を射るように、神薙さんが弦を放すと、空気が振動しビュンという音がした。
刹那、見えない力で宝来が押される。後方に倒れて尻餅をついた彼は、『グォォオオオオ!!!』とうめき声を上げた。
「やった!!」
喜んだのもつかの間、宝来が素早く立ち上がる。そこへ彼女がもう一度、鳴弦を引いて攻撃したが、今度は倒れることがなかった。
彼女の隣では、子門がロザリオを前に掲げている。神薙さんも絶えず弦をつま弾いて、宝来の襲撃を押さえていた。
しかしそれ以上はなにもできない。確かに宝来の動きは止まったが、決定的は反撃をしなければ、いずれ……。
「ふたりとも、もうちょっとだけ頑張ってて」
「え? なんで?」
「いいから」
ここまで来たら、みんなでやるしかないんだと、僕は思っていた。
ふたりの動きを見つつ、僕はじりじりと後退する。足がなにかに当たると同時に一気に振り向いて、石段を駆け上がる。「失礼します」と心で謝り、賽銭箱の前を横切って、社の端まで移動すると、柵を乗り越え下へと飛び降りる。
その間、十秒もなかっただろう。僕にしては上出来の素早さだ。
目指すは十メートルほど先にある授与所。
かつてないほどの全速力で駆け抜けて、建物横にある扉まで到達した。
ノブをつかんで引っ張ってみる。案の定、扉は施錠されていなかった。
『きゃーやだー』
僕が中へ飛び込むと悲鳴が上がった。シバくんだ。さっき中を覗き込んだ時に、隠れている姿が見つけていた。
「シバくん、あいつの動きを止められるか!?」
『動き?』
シバくんはぴょんと跳びはねて、ガラス窓から外を眺めた。
『うーん、ちょっとだけなら……』
「ちょっとでいいんだ」
『うん』
僕は授与所にあるお守りなどをざっと眺め、その中から一番長い破魔矢をつかんだ。
「僕が合図したら頼む」
『分かった!』
僕は破魔矢を握りしめ、今度は上を通れないので社ギリギリを通って、子門たちのほうへと駆け戻った。
「神薙さん、僕が合図したら、この矢を撃って」
ちらっと一べつ振り返った神薙さんは、「破魔矢を? できるかしら。それに宝来くんを傷つけちゃうかも……」と戸惑うような声で答えた。
「大丈夫!」
授与所から出てきたシバくんが、そろりそろりと宝来の後ろへ移動している。
やがて、ちょうど真後ろに到着した時、小さな体が流れるように飛んできた。
一瞬で宝来の腹に幼い手が回される。
(え、止めるって、そういうこと!?)
物理的なことだと思っていなかった僕は、ちょっとびっくりした。とはいえ、小さくてもさすがは妖魔。宝来の体はやや後方へと引っ張られた。
「子門、今だ! 聖水を宝来の体に振りかけろ! 神薙さんはこれを!」
彼女に破魔矢を押しつけて、僕は左手をポケットに突っ込んだ。子門も小瓶をポケットから取り出して、コルクの蓋を開ける。
「行け、子門!!」
「よっしゃ!!」
小瓶の中の聖水が、弧を描いて宙を飛ぶ。夕焼けにその水は赤に染まり、まるでワインのようだった。
聖水が宝来の首筋を濡らした時、宝来は苦しげな雄叫びを上げた。その開かれた口から、緑色をした大量の煙が上がる。頭上で形成されたものは、六本の足を持つ、まさしく虫だ。なんて虫だろうなんて考える暇はない。煙の虫は僕らめがけて突っ込んできたのだから。
「神薙さん、矢!!」
「はい!」
彼女は慣れない手でなんとかつがえると、弦とともに引っ張って、目前に迫った敵へ向けて矢を放った。
煙虫の真ん中に、破魔矢が突き抜ける。
“オノレェェエエエエエ!!”
怒りに満ちた声が境内に響く。
「ああ、やっぱりダメ!!」
そう叫んだ神薙さんを押し退けて、僕は前に出た。
右手を振り上げ、虫の顔に空手チョップ。
“グォォォォオオオオ!!!”
断末魔と、緑の煙が四散したのはほぼ同時だ。
薄れていく煙の中から、ポトリとなにかが落ちる。
足もとに落ちたそれを見て、子門が呟いた。
「あ、コガネムシ……」
それが敵の正体だった。
―――――――――――
佐伯くんへ
チェック12
時々、父は授与所の施錠を忘れるのですが、今回は助かりました。でもこれを発行するまでには、絶対に忘れないように厳しく言わないと駄目ですね。
佐伯くん、格好良く書けてます。書けているというか、空手チョップをした時の佐伯くんは、本当に格好良かったです。でも今読み直したら、凄く無茶をやったんだなと思いました。実はなにか勝算があったのかと思っていたので……。
神薙さんへ
回答12
ですよね! ちょっと盛りましたが、やっぱり主人公らしくかっちょええーって感じで頑張りました。あの時は、絶対に空手チョップならいけると思ってました。パンチやキックだったらダメだったかもしれません。
佐伯くんへ
返信12
なんにしても勝てて良かったです。




