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第8話 最強の条件

 石段を登り切り、僕らは迷うことなく鳥居の横から境内へと足を踏み入れた。

 途端、子門が「あっ……」と小さな声を漏らす。


「ん、なに?」

「なんか、昨日来た時よりも、禍々しさがアップしている」

「あー、うん、そうかも」


 僕は右を見て、左を見て、上を見て、その原因を探してみたものの、なにも見つからなかった。


「っていうかさ、俺はオジサンの影響だし、あずささんは神薙家の血筋だけど、佐伯はなんで見える?」

「そんなに珍しくもないよ、あっちの世界の住人が見えるやつなんて」

「そう……かな?」

「そうだよ」


 子どもの頃から色んなものが見えることには慣れているし、それが当たり前だと思っていたから、それをいちいち説明するのは正直面倒だった。


「どうする? 神薙さんのところに行く? 宝来を探す? シバくんを見つける?」

「うーん、そうだなぁ」


 子門は僕と同じようにあちこちを見回してから、「花のところに行ってみよう」と結論を出した。

 本当のところ、僕は敵の狙いとは違うような気がした。敵が欲しいのは花畑でなく、山そのもの。だとしたら狙うは……。

 そっと背後を見る。

 鳥居の向こうある町は、夕方の陰りができ始めていた。田んぼの畦道を、白いに軽トラックが走っている。変わらない風景がそこにはあった。


「行こうぜ」


 声をかけられて、僕は「うん」と答え、先に走り出した子門のあとを追う。水はけの良い砂利道には昨日の雨はないけれど、端の土に水たまりが残っている。そこに何度か間違えて足を踏み入れてしまい、茶色い水をぴしゃぴしゃと跳ね上げた。

 池の水かさは昨日よりも増している。池畔にはアヤメの姿はやっぱりなくて、代わりに細長い植物が(つの)ぐんでいた。


 僕らは雑木林を抜けて、芝桜の花畑に到着した。昨日と違って天気がいいから、花たちは輝いている。ピンクも紫がひときわ鮮やかだった。

 けれど山際の一角に、昨日と違う箇所があった。

 花弁が茶色に変色している。花の下に隠されていた葉は露出して、しかも干からびた色をしていた。


「ひでぇ……」


 同じところを見ていた子門が言った。


「うん、やられてるね」

「シバくんは大丈夫かな?」

「どうだろう。ここにはいないみたいだけど」

「分かるのか?」

「なんとなく?」


 結構いい加減に言ったはずなのに、子門はなぜか信じたようだ。


「ここじゃなかったらどこだろ」

「うーん」


 近くにいるような気配はあるのに、なにかが邪魔して感じ取れない。そのもどかしさに、僕も少しだけ苛立った。


「やっぱりさ、あずさちゃんに知らせたほうがいいよな?」


 あ、こいつも神薙さんをあずさちゃんって呼んでいる。

 その時気づいた。そんなところだけ宝来を真似しなくてもいいんだぞと言ってやりたかったのに、できなかった。なぜなら、子門が「あれを見ろ」と花畑の奥を指さしたからだ。

 示されたほうへ視線を移す。

 花畑の奥は木々が鬱蒼としている森になっているが、その間をなにかが移動していくのが見えた。


「あれ、制服に見えない?」

「ってことは、宝来かな?」


 だとしても、森の中を駆けて抜けていくスピードは、およそ宝来とは思えない。宝来はああ見えても真面目な美術部の部員で、走るという行為は大大大嫌いなはずなのに。


「ヒャーヒャーヒャーヒャーヒャー」


 刹那、辺りに響いた気色悪い声は、紛れもなく宝来のもの。


「どこへ行く気だろ」

「あっちだと、神社の方角だよね」


 ということで僕らは来た道を戻ることにした。今度は、水たまりは踏まなかった。


 境内に戻ると、手分けして社の周りや灯籠の後ろや手水舎の陰や探し回った。お守りを売っている授与所の建物も、僕がガラス窓から内部を覗き込んで確認した。


(そうか、ここには護符みたいなのがたくさんあるから。なら大丈夫か)


 そう思ってホッと胸を撫で下ろし、僕は子門と合流した。


「あとはあずさちゃんの家だな」

「だね」


 神薙さんの家は社の左奥にあり、高い垣根が神社との敷地を隔てている。その垣根の切れ目を抜けて、僕らは神薙家の庭へと入った。

 かなり古そうな平屋建ての家だ。

 庭にはせん定されたばかりらしい松の木が三本。他にも、ひとつだけ白い花を咲かせたトゲトゲがついた木(あとで調べたら、カラタチという名でミカンの仲間らしい)や、金木犀(これはうちの庭にもあるので知っている)や、椿みたいなのも植えられていた。

 家には縁側があり、玄関は両引きのガラス戸で、いかにも田舎の日本家屋っていう雰囲気は神薙さんっぽい。彼女の黒くて長い髪はとても艶やか、まるで日本人形みたいなんだ。

 この家のトイレは、絶対に和式ポットンに違いない。ちなみにうちも和式ポットンだったけど、半年前に洋式ポットンに変えた。おかげで三時間ぐらい籠もれるようになったから助かっている。工事な簡単だったし、神薙さんの家も洋式にするように、いつか宮司さんにお勧めしよう。

 ポットントイレ以外にも、土間があって、五右衛門風呂があって、みたいなことを想像したのは、庭の端っこに薪が積んであったからだった。

 そんなことを考えていたら、子門がいきなり叫びだしてギョッとなった。


「神薙さーん、あずさちゃーん!」


 僕は“遊びましょ!”って言いたくてウズウズしてしまった。


「神薙さーん、あずさちゃーん!!」


 二度目はさらに大声。もう我慢しきれなくなり、“遊びましょ”を言おうと僕が口を開きかけたちょうどその時、縁側のガラス戸に人陰が現れる。直後、戸ががらがら音を立てて開かれた。


「な、なに、ふたりして!?」


 縁側に出てきた神薙さんは、僕らを見て丸い目をもっと丸くした。

 彼女もまだ制服のままだ。


「あずさちゃん、宝来が取り憑かれて大変なことになってるんだ」

「取り憑かれてって……。あー、ごめんなさい、私、そういうの苦手なの」


 取りつく島もなく戸を閉めようとする彼女を、子門が必死に引き留めた。


「苦手なのは分かるけど、でも早くなんとかしないと山が壊れるんだよ!!」

「山が壊れる……?」


 半分まで閉めた戸を止めて、神薙さんは子門を見た。


「そうなんだ。花が枯れたのも、そのせいなんだ!」

「それってつまり、あの子どもの幽霊のせいってこと?」

「あの子は幽霊じゃなくて、芝桜の妖魔。山が壊されそうだって知らせたかっただけ。敵は他にいて、今は宝来に取り憑いてる」


 子門の必死な説得にもかかわらず、神薙さんはまだ困惑した表情を浮かべている。先ほどよりはずっと懐柔された雰囲気はあるが、それでもまだまだ。


「でも、私にいったいなにをしろって言うの……?」

「一緒に宝来を探してくれるだけでいいよ。大丈夫、武器は持ってきた」


 子門は見せつけるように、小脇に抱えた分厚い聖書をバーンと前に出す。

 さらに反対の手でロザリオの十字架を同じくバーンと前に掲げた。


「うーん……」


 けれど、まだ神薙さんは迷っている。

 そうしている間にも、気配はますます強くなっていく。

 ずっとのんびりと構えていた僕も、さすがにそろそろマズいと思い始めていた。

 できれば、彼女には家から出て、社か授与所に隠れていて欲しかった。だってアホな宝来に取り憑くより、神薙家の血を引いた彼女に取り憑いたほうが、ずっと力が手に入る。か弱そうな神薙さんを襲うなんて、凄く簡単そうだ。


「分かったわ。でも条件を出していい?」


 やっと神薙さんが、決意した声でそう言った。


「条件?」

「子門くんたち三人が創作クラブに入るっていう条件」

「え!?」


 驚きの声を発したのは子門だった。


「現在、私の所属している創作クラブは部員一名、つまり私だけ」

「部長の神薙さんが全然宣伝しなかったせいで、新入生がちっとも入らなくて、同好会の存続すら危うくなっているっていう、あの伝説の創作クラブに俺たちが!?」


 子門の分かり易い説明のおかげで、存在すら知らなかった僕もすべてを理解した。


「ちょっと! 言い方が引っかかるんだけど!」

「何か間違ってた?」

「ま、間違ってはいないけど……。だから来月までに三人以上部員を入れないと、月二千円の補助金を打ち切るって、先週言われたばかりなの」


 たかが二千円、されど二千円。部長の神薙さんにとっては死活問題だろう。っていうか一人しかいないのに、二千円も出していた学校の懐の広さに僕はちょっとだけ感動した。


「でも、俺はハンドボール部が……」

「部活と同好会は兼部できます。佐伯くんは?」

「僕はいいよ、なにも入ってないし。宝来も大丈夫じゃないかな。あいつは美術部だけど、子門が入るならきっと入ると思うよ」

「決まりね」


 契約が成立したその時、遠くから宝来の発しているらしい例の笑い声が聞こえてきた。しかも木かなにかを打ち鳴らす音のおまけつきだ。


「あっちだ」


 神社のほうを見た子門が、今にも駆け出しそうな素振りで言った。けれど神薙さんは、そんな彼を「ちょっと待って」と制止した。


「まだなにか?」

「日本人として、神薙家のものとして、そのアイテムで守られるのはプライドが許さない。私も持ってくる」

「え、なにを?」


 神薙さんはきびすを返して、家の中へと駆けていった。僕はなんだかややこしいことになってるなぁと、左手をポケットに突っ込んで考えた。


(面白いから、ま、いいか)


 こういう展開は嫌いじゃなかった。

 ややあって、神薙さんが奥から現れる。その手にはあったのは……。


「なにそれ? 弓……?」


 そう、彼女が手にしていたのは二メートルぐらいありそうな大きな弓だ。ただし矢は携えていない。


鳴弦(めいげん)。お祓いの道具。家宝よ」

「それで戦うの?」

「聖書とロザリオより、こっちのほうがずっと武器らしい」

「っていうか武器だし」


 子門を真似してか、神薙さんは鳴弦をバーンと前に突き出した。


「待ってなさい、宝来くん! 私が始末して差し上げますわ!! おーほほほほほ!!」


 高笑いをする神薙さんの黒髪を、一陣の風が舞い上げたのだった。


―――――――――――


佐伯くんへ

チェック11

 うちは私が生まれる前から水洗の洋式トイレです。それに、こんな緊迫した場面でトイレの話が必要なのか非常に悩みます。

 それから私、高笑いなんてしてませんよ!? いくら偽名にしたって、モデルが私だって分かってしまう気がするんですけど。ただでさえ根暗な私が、実はこんなキャラだったなんて誤解されたら……。


神薙さんへ

回答11

 そのほうがいいかなぁって思って色々と盛りました。強そうなヒロインって格好良いし、僕好みなんです。ダメでした? けど実名のままでも、マニアックなファンが増えますよ!!


佐伯くんへ

返信11

 マニアックなファン……。それ、喜ぶべきことなんでしょうか、私?


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