第6話 子門は懺悔を決意した
僕らは昼休みが始まる直前に学校へ戻ってきた。
「で、どうする?」
僕の問いかけに子門はうーんと考え込む。そこで校門の横でじっくり話し合い、やっぱり校内で騒ぎになるのは良くないという結論に至った。つまりお互い何食わぬ顔で教室に戻り、弁当を食べ、五、六時限目を出席し、放課後に宝来を捕獲するという作戦だ。
僕としても、これ以上の騒動はどうしても避けたいと思っていたので、子門が同意してくれてホッとした。
けれど帰りのホームルームまでは作戦通りだったのだが、いざ出陣という時になって二人の敵が現れた。
一人はノデ、つまり僕の担任。もう一人のチョイ木こと細木は子門の担任。つまり僕と子門はそろって、指導室に呼び出されたってわけだ。
「佐伯、子門、無断外出の理由を説明しなさい」
「えっと……」
明日でいいだろうと思っていた言い訳を、今すぐ考えろと迫られて、僕は何も思い浮かばず、頭が真っ白になりかけていた。
横目でチラリと子門を見ると、眉間にシワをよせて床を睨んでいる。同じくなにも考えてなかったのだろう。
「事と次第によってはご両親に来て頂ければならないので、正直に答えるように。実際に自宅に連絡しようと思っていたので、真面目に答えるように」
「あー、はい」
「早く言いなさい」
正直に“芝桜の妖魔となんちゃら”なんて説明しても、絶対に信じない。というか信じて欲しくもない。家に電話されるのはかまないけれど、そのせいで説教が長くなって、時間を取られるのは非常にマズい。
「ええとですね……」
「実は緊急の用事があったんです!」
僕の言葉を遮って、子門が話し始めた。
はてさて、どんな言い訳を考えたのか。僕は期待と不安が入り交じった気持ちで、厳つい顔をさらに強ばらせている子門をチラチラ見た。
「緊急の用事とは?」
「伯父は今日、結婚式の予定があったのですが、聖書を忘れるという失態をしてしまい、父も母も不在なので、どうしても届けて欲しいと頼まれたんです!」
「なぜそれをちゃんと説明してから行かなかったんだ? そんな事情なら、我々もダメだとは言わないぞ」
「伯父があまりに慌ててまして、忘れてました。ごめんなさい」
「んー」
素直に頭を下げる子門に、ノデもチョイ木もそれ以上は言えなくなったようだ。そこで攻撃の対象を僕へと切り替えた。
「子門の事情は分かった。しかし佐伯は? きみが行く必要があったのか?」
「ええと、つまり後学のためです。教会にはまったく縁がないし、今後も縁がなさそうだし、知っておいたほうが後々のためになるかなぁって……」
かなり頑張った言い訳である。
どうかまかり通るようにと、ただデウスと仏に祈るのみ。
教師たちはコソコソと話し合いを始め、やがて僕らへと向き直って、
「しかたがない。今回だけは大目に見よう。だが次からは絶対にダメだぞ」
「はい、分かりました。ありがとうございます!」
子門を真似して、僕も直角に近い角度まで腰を曲げ、誠意を見せびらかした。
教師たちが立ち去ってから、子門はフッと短く息を吐き、「これが解決したら、告解室に行かないと」と悲しそうに呟いた。
そんなこんなで、ようやく解放された僕らだったが、ホームルーム終了からすでに二十分近くは経っていた。ふたりで慌てて宝来の教室に行ってみたものの、やつの姿はどこにもない。っていうか、ほとんどだれもいなかった。
残っていた生徒のひとりに尋ねてみると、
「宝来? あー、宝来なら昼前に早退したぜ?」
「早退!?」
「うん、頭が痛いとか。アホだけど健康優良児のあいつにしては珍しいなぁって。でもいつもと雰囲気違ってたから、よっぽど痛かったんだな」
僕と子門は顔を見合わせた。その時、慌てて消えたシバくんのことを脳裏に浮かべた僕だが、たぶん子門もそうだったろう。
「神薙さんはまだ学校にいるかな?」
僕の問いかけに、子門は「クラスに!」と叫んで、廊下に飛びだした。しかし二つ隣の教室に神薙さんの姿はなくて、クラスメイトに聞いたら帰ったとのことだった。
「宝来はやっぱ神社に行ったんだよな?」
「だと思うよ」
「なら急ごうぜ、佐伯」
子門は、斜めがけしているバッグのショルダーベルトをグッと握り直す。その中には聖書とロザリオと聖水が入っていた。
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佐伯くんへ
チェック9
子門くんがとても男らしくて感動しました。それと佐伯くんの言い訳が先生たちに通用したのは笑ってしまいました。なんというか、佐伯くんはだれにでも佐伯くんなんですね。
ところで、なぜ細木先生は“チョイ木”と呼ばれているのでしょうか?
神薙さんへ
返信9
チョイチョイ小テストを出すからです。
佐伯くんへ
回答9
来年、細木先生が担任にならないように願掛けしようかな……。




