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第5話 汝、盗むなかれ

 それから作戦会議が開かれた。

 作戦と言ってもたいしたことじゃない。これからバスに乗って子門の家に行き、究極のなにかを取ってきて、それを使って宝来に取り憑いている“悪いやつ”を払おうってだけのこと。つまり僕はグシゲンの授業どころか、そのあとの海藤の英Ⅱやら、中川の化学やら、チョイ木の古文やら、諭吉の体育をサボらなくてはならなくなってしまったわけ。

 大ごとになりすぎたなぁと僕は正直思った。無断外出の理由をどう説明しようか。バスに乗っている間じゅう、僕はそればかり考えていた。

 バスにはシバくん(と勝手に命名した)が一緒に乗り込んできた。いわゆる無賃乗車だ。けど運転手も客も見えないから問題ないし、見えたところで妖魔に運賃を要求するとも思えない。でも一人だけ、母親に連れられた二歳ぐらいの子は見えてたようで、物珍しそうにシバくんをジロジロ見ていた。


「でもさ、きみは山を離れても大丈夫?」


 子門が小声でシバくんに尋ねる。


『だいじょうぶなの。今はあいつ、あの人に入ってるから』

「ならいいけど。でも、なんで花咲山が欲しいんだろう、そいつ」

『えっとねえっとね、昔、あの山にすごく力のある人間が住んでてね、その人のお墓があるんだって。今もその人間の力が山に残ってて、そのせいであそこに住んでいると、ボクみたいに化身になれるの。あいつは外からやってきて、小っちゃいのに取り憑いたの。でも今はでっかくなってて、どうしても山の力が欲しいみたいなの』

「なるほどなぁ。で、取り憑いた小っちゃいのってなに?」

『ボク、人間がなんて呼んでるのか分かんない。葉っぱを食べる足が六本あるやつ』

「虫か」


 僕は宝来の体に、手か足が二本生えてくるのを想像した。

 手が四本の宝来もいいけど、足が四本の宝来も面白い。その場合は歩くのが速くなるんだろうか、遅くなるんだろうか。少なくても神社の階段を上るのは楽そうだ。宝来のためにはそれでもいいかもしれない。


 バスを降りるとそこは住宅街だった。シバくんはすっかり子門に懐いて、彼にくっついている。

 十分ぐらい歩くと、小さな教会の前にたどり着いた。子門の家らしい。


「宝来から話には聞いてたけど、家が教会って本当だったんだ」

「変かな?」

「別に変じゃないよ」


 隣接した家には“子門”という表札があるから、そこが自宅なのだろう。けれど子門はそっちには行かず、教会の両開き扉の片方を開いて、僕らを招き入れた。


「今日はだれもいないはずなんだ」


 だれもいないことが良いのか悪いのか、その時の僕には分からなかったので、なにも答えなかった。

 教会の中は、写真やテレビで見た礼拝堂そのもので、僕は物珍しくてあちこち見渡した。天井は凄く高い。聖母がデザインされたステンドグラスがある。正面にはでっかい十字架が壁に張りついていた。


「椅子が備えつけられているのはいいよなぁ。座布団とか用意しなくて済むし」

「この教会に座布団は、ちょっと変だと思うけど」

「そういえばそうか」


 シバくんもやっぱり物珍しかったらしい。ピンクの髪を揺らして、ステンドグラスの前で飛び跳ねていた。そんなシバくんに、子門がおずおずとした声で話しかける。


「……あのさ、ボクはここでなにか感じない?」

『なにかってなぁに?』

「ええと、寒いとか、苦しいとか」

『感じないよ? ちょっとホワホワするけど』

「うーん、邪悪なものじゃないからかなぁ」


 子門の考えていることは、僕にもだいたい分かった。教会という聖域に入ったら、妖魔であるシバくんにもなにかあるかもしれないと、期待と不安を抱いていたんだろう。


「そういえばさ、子門があの時に鳥居をくぐらなかったのは、やっぱここのせい?」

「ずっと前にさ、オジサンと一緒に神社のお祭りに行った時、オジサンがくぐらなくて、どうしてて尋ねたら、“異教のものが、みだりに人の家に踏み入れるのは良くない”って言われて、それからなんとなく。でもその時はなんのことか分からなかったけど。でも鳥居の意味を知って納得した。でも佐伯も入らなかったよな。なんで?」

「うーん、なんとなく、かな」

「ははは、佐伯らしいや。あ、こっちこっち」


 子門は一番奥にある台の前に立ち、まだ中央に立っていた僕を手招きした。

 行ってみると、台の上には色々と並んでいる。たとえば聖書とか、たとえば十字架とか、それ以外にも布や箱のような物もあった。


「まさか、これを持っていくとか?」

「十字架と聖書と、あとはこれも……」


 そう言いつつ、子門が箱のような物に手を伸ばす。

 その瞬間、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。


「ソレハ、ヤメナサイ!!」


 外国語訛りのある野太い声に驚いて、子門の体が跳ね上がる。シバくんは『きゃー』と叫んでベンチの下に隠れてしまった。

 中央の通路をズンズンズンとやってくる外国人。服は神父みたいなのを着ているのに、威圧しか感じない。それに負けた僕は、無意識に一歩下がっていた。


「ジョージ、手を下ろしなサイ!」

「ごめんなさい、オジサン」


 巨大だと思っていた子門が小さく見えるほど、彼はデカかった。太く茶色のもみあげがとても勇ましい。たぶん二メートルはあるだろう。聖職者というよりも、むしろプロレスラーだ。しかし次に発せられた彼の声は、とても渋くて落ち着いていた。


「ロザリオと聖書も戻すのデス」

「はい」


 頭を垂れて、子門は素直にその命令に従った。


聖櫃(せいひつ)、触ってはダメデス」

「はい、ごめんなさい」


 ますます縮こまる子門を見て、神父さんはフッと破顔した。それからゆっくりと振り返り、ベンチを見やる。隠れているシバくんを、彼はどうやら見えているらしい。


「アナタもここに来るデス」

『やだやだー、こわいー』

「怖くないデスヨ」

『ホントに?』

「本当デス」

『ホントにホントに?』

「本当に本当デス」


 渋々とシバくんはベンチの間から顔を出し、今にも泣き出しそうな顔でゆっくりと通路まで出てきた。

 すると神父さんは手招きして、もっと来るようにと促す。シバくんはイヤイヤとピンクの髪を揺すって拒絶したが、神父さんが「だいじょうぶ」と言うと一歩前に出る。さらに手招きをする神父さんにまた首を振って、とそれを七回繰り返し、やっと神父さんのすぐ後ろにまで到着した。


「それらを持っていこうしたのは、この子のためにデスカ?」

「その子と、友達のためです」

「ソウデスカ。でも聖卓から持っていくの、良くないデスネ」

「ごめんなさい」


 子門が三度目の謝罪を口にすると、神父さんは提げていたロザリオを外し、子門へと差し出した。


「これをお持ちなサイ。聖書は持っていっても良いデスガ、聖櫃はダメデス」


 それから神父さんはチョットマッテと言って、左手の壁にある扉(どうやら家と繋がっているらしい)に入っていって、しばらくして手のひらの半分ほどしかない小瓶を持って出てきた。


「これは特別な聖水デス。これをお持ちなサイ」

「ありがとう。だけどオジサンが一緒に来てくれたらいいのに。だってオジサン、悪魔払いのプロフェッショナルだし」

「それはダメデス。相手は日本の妖怪デスネ? そしてこの子は日本のフェアリー。ワタシにはどうすることも出来マセン」

「そうですか」


 壮絶にガッカリした表情をして、子門は肩を落とした。


「だいじょうぶ。ジョージが友達を大切と思うなら、神はお救いくださいマス」


 それから彼はシバくんへと向き直り、学校で子門がやったみたいにしゃがみ込む。


「キミは、人間のいるこんな場所まで来てはダメデスネ」

『ごめんなさい』


 子門を真似して、シバくんが頭を垂れて謝った。すると神父さんは、ピンク色の頭を撫でて、優しく赦してあげた。


「オジサン、その子は芝桜の化身、つまりフェアリーなんだよ」

「おー、サクラですか! ワタシ、日本のサクラ大好きデス!」


 芝桜と桜の違いを説明することなく、僕らは教会をあとにした。


 帰り道、あの神父さんは子門の母親のお兄さんで、子門家に居候している宣教師だと教えてもらった。


「子門ってハーフだったのかぁ……」

「あれ、知らなかった?」

「ってか、全然見えない」

「顔はオヤジに似たからなぁ。でも俺、この背だから目立つし、同中(おなちゅう)のやつも結構いるし、みんな知っているかと思ってた。あ、そうか、佐伯は去年転入してきたんだっけ」

「うん、親の仕事の都合でね」


 そんな話をしながら歩いて、もうすぐバス停という時に、突然シバくんが大声を出した。


『たいへーーん!!』


 あまりの大声に、僕らは目を丸くして妖魔を見る。もちろん、すれ違ったお婆さんには聞こえなかったけど、でも連れていた犬は吠えた。


「なに!?」

『たいへんなのたいへんなのたいへんなの。ボク、山に帰るね!』


 次の瞬間、シバくんの体は溶けるようにして消えていってしまった。


―――――――――――


佐伯くんへ

チェック8

 子門くんの伯父様にまでご迷惑をかけたと知って、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。これ以上、私の知らない事実が出てきて、消え入りたい気分にならないことを祈るばかりです。


神薙さんへ

回答8

 もうそんなに知らないことはないです。あとは次と次と次の話にあるぐらいです。


佐伯くんへ

返信8

 ……いっぱいあるんですね。心して読みます。頑張ってください。


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