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第10話 穴への愛は正義である

「宝来くん、大丈夫?」


 まだ座り込んで呆けている宝来を、神薙さんが心配そうな顔で覗き込んだ。


「なんかチョー疲れてるし。三日ぐらい走った感じ?」

「宝来にしてみれば、それくらい走ったかもな」


 子門がニヤッと笑ってそう言った。そんな子門の隣にシバくんがニコニコして立っている。完全に彼に懐いていた。大活躍した僕としては、ちょっと不本意だ。


「あ、なんだこれ、きたねぇ!!」


 ズボンのすそと靴の悲惨な状態を見て、宝来が驚きの声を漏らし、慌てて払おうとしたけど、泥はただ広がるばかり。


「やべぇ、かーちゃんに怒られる」

「ご愁傷様」


 神薙さんが珍しくにっこりと微笑んだ。その口もとは想像したとおり、やっぱり宮司さんによく似ている。微笑んだ彼女はとても可愛らしかった。


「でもさ、俺さ、どうなったん?」

「簡単に言えば、取り憑かれたんだよ」

「げぇ、マジかよ。いったいどこのどいつが、俺の体をもてあそんだんだ!」


 怒鳴った宝来の鼻先に、僕は手をズンと出した。


「なんだ、それ!?」


 手のひらにいるコガネムシはほとんど動かない。まるで反省でもしているかのように、息をひそめて大人しく乗っていた。


「“コガネムシは金持ちだー”のコガネムシにだよ」

「マジで!? ってことは俺、金持ちになるチャンスを逃しちゃった感じ?」

「いや、違う」

「しょぼん」


 いつも通りのアホ宝来の言葉がおかしかったのか、神薙さんがクスクス笑い出した。つられて子門もゲラゲラ笑う。緊張が解けたふたりは、完全にハイとなっている。僕も笑いたかったけど、大笑いできるほどでもなかった。


「あれ、なんか耳がスースーする……」

「ピアスをしてないからじゃない?」

「え!?」


 自分の両耳に手を当てて、そこになにもないことを知った宝来は、「マジやべぇマジやべぇ」という謎の呪文を唱える。


「どこにあるんだ、俺のピアスちゃんたち」


 宝来は制服の両ポケットを探り、「あった!」と喜びの声を上げて、中から銀や金の装飾品を取り出した。


「良かった良かった」


 一つ一つそれらをつけていく宝来の姿を眺めて、子門が首を傾げた。


「でもなんで、偽の俺はピアス外しちゃったんだろ?」

「妖魔は金属が嫌いだからじゃないかな」

「そうなん?」

「マンガに書いてあった」

「へぇー、海知は物知りだなぁ」


 やがて八つ目のピアス装着が終わり、宝来は「よしゃ!」と叫んで立ち上がった。まるでピアスが彼のエネルギー源のようだ。


「でもさーだったらさー、俺がピアスつけるのって、いわゆる魔除けじゃん?」

「まあ、そうだね」

「なら、鼻と唇も魔除けしてもいいんじゃね?」

「良くないって」


 穴を愛する宝来を、子門はなんとしても止めたいらしい。僕はもうとっくに諦めて、体中にピアスがあるやつが友達でもいいやと思い始めているけれど。


「でも良かった。宝来くんの体から妖魔が抜けてくれて。じゃないと、私、宝来くんに破魔矢を打ち込むことになっちゃってたし」

「ホント、完全に乗っ取られなくて助かったな、宝来」

「あー、それな」


 子門に思わせぶりな視線を送りつつ、宝来がにやりと笑う。


「なに?」

「たぶんこれのせいじゃね?」


 そう言って、チャラ男は自分のワイシャツと下着をめくり上げ、日焼けをしてない腹を出した。


「ちょ、ちょっと、なにしてるの!?」

「俺のセクシーボデーを見せようってんじゃないし。ほら、これ見て」


 宝来はヘソにへばりつく銀色に輝く丸い金属を指さした。


「あ、へそピアス!」

「じゃーん、実は内緒でつけちゃってましたー、みたいな?」

「マジかよ」


 得意げに言う宝来を、子門は呆れた目で見返した。


「そんなに自傷行為を繰り返してたら、神がお悲しみになるのに」

「またそれ言う。自傷行為じゃねぇし、ファッションだし」

「でもどうして、おへそのピアスは取らなかったのかしら?」

「虫にはへそがないから、気づかなかったんじゃね?」


 なんて素晴らしい説明だ!

 確かにそうだ!

 もし違っていても、今となってはどうでもいい!


「で、そのコガネムシどうするんだよ、海知」

「そうだなぁ……」


 動き始めた手のひらの虫を見る。夕闇に光沢を奪われて、緑色の体がどす黒くなっていた。


「逃がそうかな」

「マジで?」

「今はただの虫だしね。無用な殺生は良くない」


 僕は広げた手を上へとかざした。

 しばらく留まっていたコガネムシは、吹いてきた春風に誘われるようにして、固い羽根を大きく広げる。けれど、まだためらってるのか、また止まってしまった。


「行けよ、ほら」


 そう言って手を少し揺すると、緑の小さな虫は内にあった薄い羽根を使い、宙へと舞い上がった。やがて二三度旋回したあと、町のほうへと消えていく。

 飛んでいくコガネムシを、僕らはしばらく眺めていた。

 家々にはポツポツと明かりが点き始めている。ねぐらに帰るカラスたちがその上を飛んでいく。ゴーンゴーンと鳴る寺の鐘にわずかな戒めは感じたけれど、それでも今日はわりと良い一日だった。



<最後に。と言うことで、僕は今、神薙さんの脅迫に負けて、この物語を書いている。来月には会誌を出して、教師に活動をアピールするそうだ。ついでに補助金を二千円から四千円に倍増計画だ。僕の責任は重大だ。ちなみに宝来もやっぱり入部した。「漢字、チョームズいし」という自己申告により、イラスト担当となったことを書いて、この物語を完結しようと思う>


―――――――――――

佐伯くんへ

チェック13

 脱稿、お疲れ様です。途中、書き直す部分がいくつかありますが、これなら四千円とまではいかなくても、二千二百円ぐらいにはしてもらえると思います。


神薙さんへ

返信13

 えー、二百円だけ? そんなぁ……。


佐伯くんへ

回答13

 二百円も、です。創作の世界は厳しいんです。でもこれからビシビシ鍛えて差し上げますわ! おーほほほほほ!!

 ああ、なんかすみません。佐伯くん節が移っちゃったみたいです。


佐伯くんへ

追伸1

 佐伯くんと仲良くなれて良かったと心から思ってます。図書委員会に感謝かな。

 今度、草木をいくつか植えようと思っています。花咲山に花がないなんて、とても寂しいですから。咲いた時には、絶対に見に来てくださいね。


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