(9)覚えていないのに…
後編は、翡翠目線です。
話は昨日に戻る_。
「__目の前にいる、かな。」
「……。」
突然に、メニールは床から立ち上がり扉に向かって走った。そして扉の外に出ると…
バタンッ
「…え。」
ガチャッ
「えぇぇぇぇえっっっ?!!」
「…生徒会室には泊まれる用意も置いてあるので、自力で探して頭を冷やしてください。明日の朝、迎えに来ます。」
「いやいやいや。僕、冷静だよ?!真面目なんだよ?!」
「…どうやら、大丈夫な感じではないようですね。」
「え、ちょっ待って、メニール?メニール!?」
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そして翌日の朝。今に至る。
「頭は冷えた?」
「もともと頭は冷えているし、僕は本気で君が好きなんだよ?」
「っ…いい加減にして。」
「やだよ。それに、僕の友達の話気にならないの?」
翡翠の言葉にメニールは反応してしまう。何故なら、翡翠の『好きな人』がメニールなら、翡翠の『友達』は…
「キース、様の、話…?」
「そう。第5王子エメラルド・キースの話。」
キース。メニールの元婚約者。もう、この世にはいない。メニールの中での唯一無二の存在。
「…そうやって、私を懐柔するつもり?」
「違う。」
「っ嘘よ。キース様を利用して、私をどうするつもりなのっ?私はそんなことじゃ揺れないわ。」
「違う。」
「何がっ。キース様を汚さないでっ。あの方は、あの方は…っ!」
こらえきれず、涙が次から次へと流れていく。視界は滲み、目の前の翡翠は見えなくなる。足元がふらつき、くずおれた。それを翡翠が支えてゆっくりと床に座る。
「…いったい君はキースのことで、どんなことをされたんだい?」
翡翠はメニールを身体全部をできる限り使って、抱きしめた。温めるように、慰めるように。
「っ…キー、ス様を、悪くっ言う人、ばかりでっ!私が、悪いのっ。わたしが、婚約者などにっ、ならなければっ!キース、様に、出会わなかっ、たら、私が、生まれてこなければっ…!」
ギュッ
メニールの言葉を遮って、翡翠は強く抱きしめた。
「っ、離して。」
「…嫌だ。」
「離しなさいっ。」
「ダメ。」
「っ離して…、離してよ……っ。」
「今、君を離してしまったら、消えてしまいそうだから…嫌だ。」
「……っ。」
翡翠の腕の中は、身体はとても温かく、居心地がよくて、まるであの方のようだった。
「泣いて、いいんだよ。君はそれだけ耐えてきたんだ。」
「あ、あぁ…っ。」
「今、僕はキース。翡翠じゃない。エメラルド・キース。メニール、泣いていいんだ。」
柔らかな声色。あぁ、キースの声にそっくりどころか同じだ。だから_
「ふっ……あぁ。ふぇ、ん、キ、スさまぁ…。」
「…。」
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「落ち着いた?」
「…はい…。」
さんざん泣いたメニールの目元は赤く腫れていて、とても人に見られたくない顔だ。
なので、生徒会の特権を使って翡翠と学校を休むことにした。
「生徒会って、便利だねぇ。」
「…一年生しかいないという異常な生徒会ですけどね。」
生徒会室にはメニールと翡翠の二人しかいない。今は授業中なため物音一つなく、とても静かだ。
「防音室に入りましょう。」
メニールは生徒会室から繋がる一つの扉を開けた。そこは言った通り、防音の施された室内だ。
「キース様の、話。本当に話してくれるの?」
「…(複雑だけど)もちろんだよ。」
そう言って、二人は一つしかないソファーに、隣同士で座った。
「何から話そうか。…あぁ、僕とキースの出会いからかな。」
ゆっくりと、翡翠は話し始める。それは、昔のお話。まだキースがメニールに出会っていない頃_。
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~翡翠Side~
『…はじめまして。翡翠と申します。』
『こちらこそ。僕の名前は、エメラルド・キース。よろしくね。』
最初は二人共ガチガチに緊張とかしてて、まともに話すことすらできてなかった。何せ、従兄弟として親に紹介されたからね。
「従兄弟?」
「うん。キースは、僕の母方の妹の子供。」
キースが遅くに生まれた末の王子なのは知っているね?兄達とは年も離れすぎていて、キースには遊び相手がいなかったんだ。
そこで選ばれたのが、僕。
『翡翠、って呼んでもいい?僕のことは、キースでいいから。』
『うん!キース、なにして遊ぶ?』
沢山、沢山遊んだ。一生分ってぐらい遊んだ。楽しかった。
『翡翠、お前が従兄弟で良かった。』
『ん?僕もだよ、キース。』
「キースは優しく、純粋で僕なんかと遊んでて良いのかな」とか、考えている時に限ってキースは僕にそう言って微笑むんだ。
察しが良いのも、キースの美点だった。本人が無自覚なのが恐ろしいけどね。
_ある日のことだった。
キースは昨日、婚約者に会ってからこちらに来ると言っていて、僕はドキドキしていた。「キースの婚約者、どんな子かな」ってね。
『翡翠っ!』
『どうした、キース。そんなに慌てて。』
『大変なんだよ!』
『?婚約者、気に入らなかったか。』
『っ違う!その逆だよ!僕の婚約者は、とっても綺麗で可愛い女の子だった!とても謙虚で、しかも賢い。最高の女性だ!一瞬で好きになった!一目惚れだ!!』
『_そうか!…良かったな。』
「それが、君だよ。」
「っ…。」
キースの言う婚約者は、キースの口からしか聞いたことはなかったけど、僕は恋した。
キースの婚約者の話しを聞く度に、どんな子だろうって思った。
「?」
「っ僕は、キースの婚約者に会いたかった。だから…」
こっそり見に行った。
『…あの子が、キースの婚約者?』
とても…美しかった。可愛かった。_好きだと、感じた。
見に行っけば見に行く度に、君の魅力に心を奪われた。
『キース様、今度はいついらっしゃっるんだろう。』
『ふふっ。私の名前、メニールだって。嬉しいなぁ。』
『昨日は、キース様が誕生日をお祝いしてくれた!今日もいらっしゃっるから、お礼言わないと…。』
君は…キースのことが大好きなんだと、思い知ることもできた。
日々成長する君を見ていると、「あぁ、キースの手に渡るのは時間の問題だな」なんて思いもしたよ。
_あれは、いつだったかな。
いつだったか覚えてはいないけど、君は激しい雨の中、一人で佇んでいたのを僕は見つけた。
最初は、「キースと喧嘩でもしたかな」「なら、キースが直ぐに追いかけて来るだろう」と思っていた。
けれど、キースはいつまでたってもこない。
僕は思いきって話し掛けることにした。
『アメジストレディ、どうしたのですか?』
『っ!だれ?…アメジストレディって、私のこと?』
『もちろん。アメジストレディ、こんな雨の中では風邪を召されてしまいますよ?』
君は子供には似つかわしくない虚ろな瞳で、僕を写した。
『…いいの。』
『?どうされたのです。』
『奥様に沢山、沢山、宝石をつくれと言われて嫌になって逃げてきたの。』
『…それは、酷いですね。宝石は沢山つくれば良いもの、という訳ではないのに。』
幼い君はくしゃりと顔を歪めて僕に話し掛ける。
『っ私は、いろんな宝石をつくれるから…。沢山、沢山と求められるのよ。』
そう言って、君はまた泣き出しそうになるから、僕はなんとか話を聞こうかとまた話し掛けた。
『お父様やお母様は?いないのですか。』
『いるよ?でも…奥様はお母様だから…』
『……っ?!』
_君の立場は分かったよ。実の母親にお金儲けのために利用させていること。両親から愛情をもらえていないこと。
許せなかった。君を物扱いする君の両親も、気付かない世間も。
そして_君の一番傍にいるはずのキースを初めて蔑んだ。
『どうして、誰にも言わないのですか。』
『っ…私は、奥様が好き。旦那様が好き。たとえ嫌われていても…。私の両親だもの。だから、言えない。離れたくない。』
君がそれでいいなら僕もいいと、まだ幼い僕は気付かなかった。ダイヤモンド家の裏を_。
「…まさか、君の両親達が違法を犯しているなんて、君も知らないだろう?」
「え…?」
「君がつくった宝石を使った、悪徳商売をしていたんだ。宝石を要求されると、お金と交換で売っていたんだよ。宝石は表の世界…つまり、『宝石屋』でしか取引は許されない。」
「なら…私が今までつくってきた宝石達は、私利私欲のために使われていたと…?!」
そうだよ…。
僕はメニールに現実を突き付けた_。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。