(8)分かるわけないのに…
少し短いです。
「っ…どうして、僕を連れて来たの…?」
「反射神経です。」
「…そう……。」
「……。」
生徒会室は、重い沈黙が支配していた。
二人は、それぞれ床に敷いてある敷布に座り込み、近くにある壁に寄りかかって隣同士になっている。
ベリーもフリームも追いかけて来ない。どうやら、翡翠との話の機会をくれたのだろう。
「どうして…。」
「ん…?」
「どうして、分かったの?私の宝石が紫水晶だって。」
メニールは素直に疑問を翡翠にぶつけた。その問いに翡翠は苦笑するしかない。何故なら…
「さっきも言っただろう?…一番、輝いて見えたんだ。」
「…そんなつもりは」
「なかったんだろうけど、宝石は嘘はつけないんだよ。」
翡翠の言葉に、メニールはぴくりと肩を揺らす。
「…私を知ったのはいつ?」
「?学園に君が入って少したったぐらい…」
「違う。『私の宝石』を知ったのはいつなの?」
メニールは疑っていた。翡翠はどうして自分を選んだのか。
この学園には、メニールより宝石を扱うのが上手い人はいる。たとえば、先生。たとえば、自身の宝石をもっとも美しい形でつくる先輩。しかし、そのどの人も…
「…あなたの容姿を狙う、女の人ばかり…。」
最初の魔法使いは、女だった。今では男の方が地位は高いが、宝石をつくるのにたけているのは、いつでも女だった。
「私が、男嫌いだから…?」
「…それもあるね。君の宝石からは、男に触ってほしくないという感情が感じられていた。」
宝石ごときでそこまで分かるものかと思ったが、翡翠は嘘をついているように見えない。本当のことだとしたら、メニールの感情は駄々漏れということになる。
「君の紫水晶。あれを見て、また僕は君に会いたいと思ったんだ。」
「何も特別なものではないわ。色のある純度を落としたクリスタルよ。」
沢山の宝石をつくらされて、メニールは自身の宝石の本来ある輝きを、つくり出せなくなっていた。偽物の紫水晶。
稀に、メニールのように様々な種類の宝石をつくることができる人はいる。しかしその人々は皆、狂ったかのように自身の宝石をつくることができなくなっていく。
それが、『はぐれ価値者』の由来。
メニールも、いずれそうなるのだと覚悟していた。しかし、目の前にすると恐ろしく、自身の宝石をつくるのが嫌になっていく。
「大丈夫。君の宝石は一点の曇りもないほど美しいよ。」
「っ…嘘もお世辞もけっこうよ。やめて。」
メニールが否定の言葉を出すと、翡翠はのそりと身を起こし、左隣に座っているメニールに、こちらを向かせるように右手で顔をぐいっと動かした。
「僕はお世辞も、もちろん嘘も言わない。それが何でか分かる?」
「…。」
メニールは首を横に振る。しかし、その間も翡翠はメニールの顔から手を離さない。
「嘘やお世辞は自分に何の得もないし、逆に相手を不幸にするだけだからだよ。」
やけに現実めいた言葉に、メニールは翡翠に問う。
「…それは、翡翠がした実体験?」
「ううん、違うよ。僕の大事な人が関わっていること。」
「……(大事な、人?)」
家族?親戚?友人?…それとも_
「好きな人?」
「うん。とっても綺麗で、とっても可愛くて、奥ゆかしくて、
儚げで、どんなことも出来るけど弱くって、守ってあげたいぐらい大事な子。…僕の友達の婚約者だったんだ。けど、今は違う。」
「…別れたの?」
「違うよ。死別したんだ。」
「…可哀想に。」
「うん。でも…」
「でも?」
「僕は少し、ほんの少し、嬉しい。」
「嫌いだったの。」
「ううん。二人共僕は大好き。今だって変わらない。けど、二人が婚約者同士なのは嫌だった。」
「その子が好きだから?」
「大好き。愛してる。生涯に一人の僕の花嫁さん。」
「…その子、今どうしているのかしら。」
「今?」
「うん。」
翡翠の瞳が、揺れた。悲しげに、愛しそうに。
「__目の前にいる、かな。」
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「おはよう、メニール。」
「おはようございます、メニール」
「おはよう、ベリー、フリーム。」
雲一つない青空。今日はとても過ごしやすい、晴天になりそうだ。
「あら?翡翠はどうなさったの?」
「…今から迎えに行くところよ。」
そう言うと、メニールは教室と逆の校舎に歩いて行く。目的地は_
「おはよう、翡翠。生徒会室の寝心地は最高だったでしょう?」
「…おはよう。」
翡翠の目元には、うっすらとある隈が見える。どうやら、あまり眠れた様子ではないようであった。
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