(6)あの日のことを思い出すのに…
翡翠は、無理矢理メニールのヴェールを取ることをしなかった。ただ、黙ってメニールのことを待っている。
「……どうして、私を選んだの。」
「君はこの学園で、一番魔法が使えるから。」
翡翠の言葉に、メニールは俯く。なら、メニールが一番じゃなかったら違う人の元へ行っていたのか。
「最初はそうだったんだよ?でも、君を選んで良かったって、今はもの凄く思ってる。」
そう言って、翡翠はメニールに手を伸ばした。メニールの体は、反射的にビクッとした。
それを見て、翡翠は悲しげに顔を歪める。
「過去の君に何があったかは知らない。けれど、僕は君ともっと一緒にいたいし、話したい。君が傷付けば、僕はそれを癒したい。…ダメ、かな?」
「っ……!」
翡翠の言動一つ一つは、何故かメニールの中に入ってくる。
…けれど。
「…。」
そっと手が差し出されて来る。
パシッ
「私、に触れないでくれません?」
その手はメニールに届くことはかなわなかった。
メニールは、拒絶したのだ。翡翠が差し出した手を。優しさを。
翡翠の今にも泣き出しそうな瞳が、やけに印象に残る。しかし、メニールは振り向かず走って逃げた。
自分しか入れない生徒会室の中に置いてあったカバンを掴み、走って家まで帰って、部屋に閉じ籠った。そして、ベッドに身体を投げる。
頭の中は、過去にあったことでいっぱいいっぱいになっていた。
男の手はいけない。
_思い出すのだ。あの方の手を。
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メニールの価値者としての能力が分かってから、1年が経とうとうとしていた。
「婚約者、ですか。」
齢6才にして、メニールに婚約者が宛がわれた。
メニールの家は、どの家よりも位が高くそれよりも上といったら、王族しかない。さらなる権力を求めた両親は、金剛石国、第5王子をメニールの婚約者にした。
「…はじめまして。クリスタル・メニーと申します。」
自信の宝石の名前と両親がつけた名前を名乗るのが、価値者のマナーだ。メニールは、自身ができる最大の美しいお辞儀をした。
「あなたが、僕の婚約者?」
「…はい。」
お辞儀の形のままでチラリと見えた顔は、エメラルドの丸い大きな瞳に白銀の髪。
自分とは、大違いだとメニールは顔を上げられなかった。
この時、メニールは鏡というものを見せてもらったことがなかったので、自身の容姿を知らない。
「僕は、エメラルド・キース。…良かった。僕の婚約者がこんなにも可愛くて、美しくて。」
「…?」
「自覚してないの。なら、僕が教えてあげる。」
5つも年上のキースは、幼いメニールに色々なことを教えてくれた。メニールも、そんなキースをだんだんと受け入れていった。
時には庭で探索したり、図書室で沢山の本を読んだり、遊び疲れて一緒に寝たことだってあった。
メニールが8才になる日メニールは大熱を出して、一人寂しく部屋に閉じ籠っていたところを、キースが見舞いに来て誕生日を祝ってくれたことは、一つの思い出だ。
「メニール。これを、あなたの愛称にしよう。」
「ありがとうございます。キース様。」
「メニール、僕はあなたが婚約者で良かった。」
「…はい。私も、です。」
二人は、仲の良い婚約者同士だった。
しかし、キース16才、メニール11才の時に事件は起きた。
「キース様…?」
「…メニール、ごめん、よ。あなたと、ずっと、ずっと、いっしょに、いた、かった……」
メニールの誕生日会に訪れていたキースは、何者かに毒を盛られた。解毒材などない、未知の毒薬。
誰もが、キースを見放した。第5王子という地位は、良くも悪くもキースを見放した。
「キー、ス、さま…。」
ベッドに寝かされたキースの横に身を乗り出したメニールに、キースはその頭にそっと手を乗せた。
「メニ、ル。」
「っ。は、い。」
「ハ、ッピー、 バース、 デー。 しあわ、せを、 ねが、 ってる…。」
「…ぇ。ねぇ、キースさま?どうしたの。目を、めを、開けて?」
「きーす、さま。おきて?ねぇ、なんで?なんで、冷たいの。キースさま、手、冷たいよ。」
メニールの誕生日。それは、キースの命日になった。
あの、手の感触は、今でも消えない。
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「……。」
枕元にあるぬいぐるみは、キースの最後の誕生日プレゼントだった。かわいい猫のぬいぐるみは、エメラルドとクリスタルのオッドアイだ。
自身の宝石と、送る相手の宝石を渡すのは、求婚の合図。
初めてぬいぐるみを見たメニールはその日、部屋に籠り声を押し殺して泣いた。
「…私は、綺麗なんかじゃない。とても、とても、醜いの。」
自分だけ、幸せになろうとしているなんて_。
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次の日、メニールは生徒会長の特権を使って、授業に出なかった。授業を休むその代わり、学園の行事など、会計などの仕事を生徒会室に閉じ籠ってやっていた。
キーンコーン カーンコーン
「…あら、もう昼休み。」
集中していたからか、時間の感覚が分からなかった。チャイムの音を聞いた途端、時計を見て驚いた。
しかし、食欲は今朝から沸かず何も口にしたくない。
「……(食べないでも死にはしないし、良いか…)。」
そうして、目の前にある生徒会の仕事を無心でやり続け、気が付くと授業は終わって、もう放課後だった。
トン トン トンッ
「どちら様ですか?」
「ベリーですわ。」
「フリームもいるよ。」
もちろん、メニールは躊躇いなく扉を開けた。
「「…メニール、ちゃんと話を聞かせて(くださる)?」」
「…はい。」
二人の圧力に負けて、メニールはポツポツと昨日のことを話すのであった_。
名前について…例:メニール
フルネーム:クリスタル・紫・ダイヤモンド・メニー
クリスタル:自身の宝石の名前や種類。名乗る時には、これが必要
紫:ほとんどの人(ベリーが例外にあたる)が自身の宝石の色を入れる
ダイヤモンド:家名や両親の宝石
メニー:両親から贈られる名前
メニール:愛称
その他:宝石がつくれない一般人は、家名に名前のみ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。